がん患者さんの食事

がん患者さんはいろいろな理由から、これまでのように食事をとれなくなることがあります。
食事で栄養をとることはなぜ大切なのでしょうか?食べられないときの工夫は?
食事と栄養について、がん病態栄養専門管理栄養士が解説します。

がん患者さんは、いろいろな理由から食事がとれなくなることがあります。しかし、食事によって栄養を摂取することは、体力を維持するうえでもとても大切です。がん患者さんの食事と栄養について、大妻女子大学家政学部教授でがん病態栄養専門管理栄養士の川口美喜子先生と、東京医科歯科大学病院 摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士の豊島瑞枝さん、NTT東日本関東病院 がん病態栄養専門管理栄養士の上島順子さんにお話を伺いました。(2021年12月更新)

プロフィール

  • 大妻女子大学家政学部 教授、
    がん病態栄養専門管理栄養士
    川口 美喜子(かわぐち みきこ)先生
  • 東京医科歯科大学病院
    摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士
    豊島 瑞枝(とよしま みずえ)さん
  • NTT東日本関東病院
    がん病態栄養専門管理栄養士
    上島 順子(うえしま じゅんこ)さん

大妻女子大学家政学部 教授、がん病態栄養専門管理栄養士 川口美喜子先生

川口先生:がん患者さんが食事を摂れなくなる、摂らなくなる理由は多岐にわたります。がんと診断されたことによるショックで食欲を失くしてしまう人、治療のことで頭がいっぱいで、食事のことまで考えが及ばず、食べることを後回しにしてしまう人など、心理面の影響がまずあります。治療が始まると、口内炎が出て食べられなくなったり、便秘や下痢が気になって食事を控えてしまうこともあります。頭頸部がんや口腔がん、消化器がんでは、摂食に関わる機能の問題もあります。心理的な要素、治療の影響、機能の問題と、いろいろな要因が相互に絡まりあって食べられなくなってきます。食べられなくなると、患者さんの栄養状態は悪化します。

上島さん:患者さんが食べられなくなって全身状態が悪くなってから、私たち栄養士が相談を受けることがありますが、状態が悪くなってからでは、栄養士にできることは限られてしまいます。早めに介入していれば…と思うケースを経験したこともありました。

豊島さん:患者さんのなかには、2~3日食べなくても大丈夫だと思っている方や、「今は食べたくないけれど、いざとなれば気合でなんとかなる、努力すれば食べられる」と誤解している方もいて、がん患者さんにとっての食事や栄養について、正しく理解していただく必要性を感じています。食べないことで摂食に関わる機能が衰えて、さらに食べられなくなってしまうこともあるんです。

川口先生:患者さんはただでさえ、治療のこと、経済的なことなど、がんになって初めて直面する課題が多くて、頭がいっぱいになってしまいます。するとどうしても、食事については後回しにしがちになってしまいます。食事や栄養の重要性については、患者さん本人も医療従事者も、まだまだ関心が薄いのが現状です。

豊島さん:栄養不足で体力が落ちてしまうと、治療が最後まで完遂できなくなってしまうこともあるんです。しっかり食べていれば、治療を中断せずに済んだかもしれない、と悔やまれるケースも経験しています。治療を完遂するためにも、どうやって栄養を摂るかが大事になってきます。

川口先生:病気に立ち向かっていこうという意欲にも、食事は影響します。食を介して周囲の人たちとコミュニケーションをすることも、精神衛生上、大切です。私たちがん病態栄養専門管理栄養士は、患者さんに「食べたい」「食べられる」と思える選択肢を差し出すのが仕事です。

東京医科歯科大学病院 摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士 豊島瑞枝さん

豊島さん:よく聞かれることですが、基本的に、がんだからといって、食べてはいけないものはありません。患者さんによっては、例えば嚥下機能が落ちている方や、治療の影響で唾液の出が悪くなっている方では、口腔内に食べたものが残って取れなくなったり、窒息すると命の危険がありますので、形状の制限を受けることがあります。

上島さん:手術後の後遺症などで、腸閉塞(イレウス)が起こりやすい方は、消化の悪いものや食物繊維が多い食材は避けるようにしたほうがいいですね。消化の悪いものが好きな方にとっては、好物を制限されてしまうことになりますので、なかなか言い難いものですが。

川口先生:あとは、一部の高血圧の薬などを飲んでいる場合のグレープフルーツジュースなど、使っている薬との相互作用にも注意が必要です。使っている薬は患者さんによって様々ですから、ほかの患者さんが食べてはいけないものが、自分にも当てはまるとは限りません。

NTT東日本関東病院 がん病態栄養専門管理栄養士 上島順子さん

上島さん:患者さんのご家族が、患者さんを想うあまり、塩分を極端に控えたり、糖質制限したりと、何かの制限をしてしまうこともあるようです。それによって患者さんの食欲が落ち、栄養状態が悪くなってしまうという例も経験したことがあります。家族は当事者ではないので、患者さんの状態を理解しにくい面もあります。例えば胃がんの手術直後で1回の食事量が少ない時期に、ご家族からの「もっと食べなきゃ」という声が逆にプレッシャーになることもあるようです。よかれと思ってしたことが裏目に出ることもありますから、私たちも注意して説明するように心がけています。

豊島さん:口腔がんや頭頸部がんの患者さんでは、食べたり飲み込んだりすることが難しくなってしまうこともありますが、ご家族が「ふつうの食事」を食べることが大事だと思い込んでしまっていたり、あるいは患者さん用に別の食事を準備することが難しかったりして、患者さんにとって食べにくい食事を出してしまい、患者さんがだんだん食べられなくなってしまうこともあります。

川口先生:患者さんも、家族に対して気を遣って我慢してしまうこともあるようですね。患者さんとご家族、それぞれのお考えを聞いて、現実的な対応方法をアドバイスしたこともありました。食事で困ったことがあったら、もっと管理栄養士に気軽に相談していただければよいのですが。

豊島さん:ご家族の方は、患者さんと一緒に食事を摂るようにするといいですね。患者さんがあまり食べていなかったり、いつもきまって残すおかずがあったり、時間がすごくかかっているなど、一緒に食事をしていると、いろいろなことが見えてきます。一緒に食卓を囲むことで、楽しい時間を過ごせる点も重要ですね。

上島さん:楽しい時間といえば、外食も、あきらめる必要はありません。一人分だけ量を減らしてくれるなど、お願いすれば対応してくれるお店も増えてきました。

豊島さん:栄養士に相談していただければ、ファミリーレストランで選ぶならこのメニューがいいですよ、というアドバイスなどもできます。外食が、ちょっとオシャレをして出かけるキッカケになれば、患者さんの気持ちも明るくなって、食事にも前向きになれると思います。

豊島さん、川口先生、上島さん

豊島さん:がん患者さんやご家族には、「食事に関して頑張りすぎないで」といつもお伝えしています。頑張りすぎると続けられませんし、食事の準備も、食べることも負担になってきてしまいます。手抜きが悪いわけではないんですよと話しています。

上島さん:手術後など、食べられない時期があるのも仕方のないことです。そういうときには「ふつうの食事」にこだわらず、どうやって栄養を摂ればよいのか、栄養士や医療従事者に気軽に相談してほしいですね。

川口先生:それからもう一つ。食べるという行為には、物語が付いてきます。幼い頃の思い出や、いつか食べて美味しかったものなど、自分にとっての“食べる物語”が誰にでもあるものです。食べられない患者さんに、そういう物語を踏まえた食事を提案したところ、少しずつ食べられるようになったという経験もあります。“食べる物語”を大切にして、食べられないと思ったときには、そういった物語を掘り起こして、食事と向き合ってみてください。