お悩み別対処法① 家族と一緒に過ごすときの食事

食事風景

治療を続けていくうえで大切となる体力を維持するために、欠かせないのが食事です。ところが、がん患者さんのなかには、さまざまな事情から、食事をしっかり取れなくなってしまう方もいらっしゃいます。そこでこのコーナーでは、がん患者さんが抱える食事に関するお悩みと対処法について、がん患者さんへの栄養指導のご経験が豊富な大妻女子大学の川口美喜子先生と東京医科歯科大学病院の豊島瑞枝さんから、どのようなアドバイスを行っているのか、実例を挙げてご解説いただきます。
第1回は、「家族と一緒に過ごすときの食事」。家族と同じものが食べられなかったり、食事に関して過剰な配慮をしてしまったり…。そんなときの対処法をご紹介します。(2021年12月更新)

Q1がんの告知を受けました。これまでの食生活がいけなかったのかと、食事制限を始めました。
何を食べたらよいのでしょうか?
Aがんの診断を受けても、食事を制限したり、偏った食事で体力を落とさないようにしましょう。また疾患によっては食事が十分にとれないケースがあります。その場合には、自身で悩まず、主治医や栄養士に相談しましょう。

川口先生

胃がんを告知された40歳代の独身女性のケースをご紹介します。
受診した病院で胃がんの告知と手術について説明を受けた彼女は、突然の出来事だったそうです。告知前は食事のことを全く気にせずに生活していましたが、告知後は「がんにかかってしまったのは、食生活をないがしろにしてきた代償では」と自分を責めてしまったようです。
そのため告知後、両親とともに生活するようになり、食に関する情報を収集し、玄米食を主食に獣肉類、魚介類と塩分をほとんど取らない食事をしていました。その結果、手術の日が近づくころには、10kg近く痩せてしまいました。
彼女は食事をどのように取ればよいのかわからず混乱していました。
「何を食べれば病気に効果があり、何を食べると病気によくないのか知りたいです」と私にがん治療のための食事・栄養の取り方について援助を求めてきました。
彼女には、私のボランティア活動の場で出身地の食材、カニと岩のりの味噌汁を食べていただきました。この味噌汁が美味しかったようで、食事を制限して苦しむよりも、美味しいと感じるものを食べることが大切だと、感じていただけたようです。身体にも心にも優しい食事を通して、幸せを感じることができたようです。


蟹と岩のりを入れた味噌汁


豊島さん

舌がんと診断され、手術することとなったWさんのケースを紹介いたします。
Wさんは体重減少のため奥様と相談にいらっしゃいました。食事の内容について伺いますと、『うどん』しか食べていないとのことでした。「白いごはんはダメ、砂糖もダメ、肉と乳製品もダメと言われ、結局、何を食べたら良いのかわからないのです」とのことでした。奥様は、もっといろいろ食べてほしいと思っていらっしゃいましたが、痛みもあり、食形態に配慮が必要な状態だったこと、またご本人の不安な気持ちが非常に強かったため、言われるとおりに食事を準備していたそうです。
手術を控えており、体重減少も認めていたため、まずは栄養剤を飲んでみることになりました。栄養剤は飲みやすくお口にあったようで、食べられるものがあったという安心感と、治療に向けてしっかり栄養をとろうという気持ちにつながり、無事手術の日を迎えることができました。
がんだからと言って食べてはいけない物があるわけではありません。偏った食事は体重減少や栄養不良を引き起こし、今後の治療に悪影響を及ぼすことがあるので注意が必要です。

Q2治療薬の副作用で食事が取りにくくなってしまいました。家族から「もっと食べて」といわれてつらい毎日です。少しでも食べるためにはどうしたらよいですか?
A食べられないことがストレスにならないようにして、食べられるもの、食べたいと思うものを探しましょう。

川口先生

介護の仕事に携わる40代女性のがん患者さんの例をご紹介します。
介護の仕事は体力を使う仕事です。日々の食事は明日のためにも食べておかなければという気持ちがあります。
でも、治療が進むにつれて味覚がなくなり、食べ物の美味いしさを感じなくなってしまいました。買い物に行っても食べたいと思うものがなく、手に取って購入したいと思う気持ちになりませんでした。「自分の身体は自分で守らなくては。明日の仕事の体力をつけなくては」とも思いますが、食べることも、食べることを考えることも億劫な毎日で、食べるというよりもある物をできる限り口にしていました。
その状況が良くないことを理解していますが、しかし、食べることを頑張ろうと踏み出せず、徐々に筋力、体力、気力が低下していきました。
彼女には、何か食べたいと思えるものを見つけてもらうことが大切であると考え、これまでの経験から食の提案をしました。例えば、味覚障害になっても、比較的最後まで感じられるのが酸味です。レモネード、マヨネーズを使ったポテトサラダや、カボチャの甘酢漬け、ソース味の焼きそばなど、やや酸味がきいたメニューを提案したところ、次第に表情が明るくなりました。食べられるかもしれないという気持ちが湧いてきたようです。


豊島さん

副作用にも色々とありますが、当院では吐き気と口内炎により、食事の量が減ってしまう患者さんが多くいらっしゃいます。
吐き気の場合には、吐き気止めを使用すると軽減することがよくあります。それでも魚や肉、ごはんの蒸れた匂いで吐き気が出るという場合には、香りがたたないよう冷たいお料理にしたり、卵や大豆製品・乳製品といった他の食品でたんぱく質を補ったりします。
口内炎では酸味や塩味をおさえたり、物理的に刺激にならない形に変えたりします。
食べられないのは副作用のせいであって、決して患者さんの頑張りが足りないわけではありません。ご本人だけでなく、ご家族の方にも、この点を理解していただいて、患者さんの「食べられないストレス」を少しでも軽減できるよう、食べられるものを一緒に探してみましょう。

Q3家族と一緒に食事をしたいのですが、食欲がありません。どのようにすればいいでしょうか。
A食欲不振のときは、スープなど口にしやすいものを少しでも食べるようにしましょう。外食で気分を変えると、食欲が出ることもあります。

川口先生

主婦であり、家族の食事を準備しなければならない患者さんの例をご紹介します。
化学療法3クール目になり、調理時の匂いが辛く、味覚障害と食欲不振も出現し、何も食べたくない状態であったようです。
とにかく、何とか家族の食事を作り終えて、食卓から離れて別室に行くというのです。家族は心配して食べるように声を掛けてくれるのですが、2~3日ぐらい何も食べなくても、彼女にとってはその方が楽だったようです。彼女は、家族に対して、自分に優しくしたいと思うのであれば、食べることについては何も言って欲しくないと思っていたそうです。

「食べなくても大丈夫ですよ」と言ってあげたいですが、そういう食欲不振の時にも、口にできる何かを提案したいと思いました。といいますのも、2~3日間食べなくてもよいと思うよりも、何か食べられる物を見つけようとする気持ちが、治療に耐える心身のために大切だからです。きっと何か口にできるもの、食べられるものがあります。
彼女にはポタージュやスープとスムージーを提案しました。特別な材料を用意しなくても、あるもので調理し口にするようにと伝えたところ、「しっかりした食事でなくても、ポタージュでもいいのですね」と、彼女はホッとした様子でした。食事をしなくてもいいと避けていたことにもどかしい思いだったのでしょう。スープやスムージーだけでもいいと聞いて、楽になったようでした。食欲がないときは、家族と同じものでなくてよいので、食べられるものをできるだけ口にするようにするといいでしょう。


豊島さん

本来、食事の時間は楽しいものです。家での食事ではなかなか食欲が出ないのでしたら、気分を変えるために、外食をしてはいかがでしょうか?
外食の場合はメニューのバリエーションが多いところを選ぶとよいでしょう。ファミリーレストランは、和洋中とメニューが豊富なだけでなく、小さいサイズのものやデザートまでそろっています。
ご家庭で食事をする場合でも、1人前ずつ盛りつけるのではなく、少しずつ盛り付けて見た目のボリューム感を減らすことで、一口だけでも食べてみようという気持ちになることがあります。
短時間でも家族と食卓を囲むことで、生活にリズムがつき、食欲が出てくることもあります。

Q4だんだん食べられるものが減ってきました。どのように栄養をとればよいでしょうか?
A思い出のメニューや季節の味で、食べたい物や気持ちを思い出して食事をとりましょう。栄養剤を使用するのもよいでしょう。

川口先生

終末期の患者さんでも、食事に関する思い出が食べる気持ちにつながることがあります。幼いころお母さんが作ってくれたもの、妻の得意料理、お祭りや運動会で食べたいなり寿司など、思い出の味が誰にでもあるはずです。また、桜の季節やクリスマス、お正月など、季節を感じられるメニューも、食べたい気持ちを思い出させてくれます。食事をすることの目的は、栄養だけではありません。食事を通じて季節を感じることで、今この時が愛おしい、今生きていることが愛おしいと感じられる方もいるようですよ。


豊島さん

工夫次第で口から食べられるのであればよいのですが、難しければ、他の栄養ルートを検討してもよいかもしれません。栄養剤を使用するのもよいでしょう。
Rさんは、治療中だんだん体重とともに食べられる食事の量が減ってきました。食事の量を増やすのは難しかったため、色々な栄養剤を試した中から、お気に入りの3種類を1日1~2本おやつとして飲んでいただきました。体重が減らないように努力され、治療にのぞんでいました。
在宅療養になってからは点滴を併用し、お孫さんが持って来てくれる小さな和菓子を食べたり、家族と晩酌を楽しんだりされていたのが、心の栄養にもなっているんだと印象的でした。

Q5手術で、ふつうの食事を取ることが難しくなってしまいました。家族と同じものを食べるのは難しいでしょうか。
A食事の形を変えることで、家族と同じ食事を楽しむことができます。

豊島さん

ご家族と同じ食事を、形を変えて食べやすくする(形態調整)と、お料理の見た目が変わっても何を食べているのかがよくわかり、一緒に食事を楽しむことができます。一口大にしたり、少し長めに火を通したりするだけでもだいぶ食べやすくなります。
舌亜全摘の手術を受けたWさんは、ペースト状の食事でないと食べることが難しいのですが、ご家族と同じ食事をミキサーにかけて召しあがっています。
外食もお好きで、ご自分で食形態の調整をしてくださるお店を探しては、感想を教えてくださいます。入院前から減ってしまった体重をすっかり取り戻し、主治医からは「これ以上太らなくても大丈夫」と言われるほどです。
摂食嚥下関連医療資源マップ(http://www.swallowing.link/別ウィンドウで開きます 2020年4月閲覧)にも飲食店情報が掲載されていますから、お店選びの参考になさってください。

【アドバイザー】
大妻女子大学家政学部教授・がん病態栄養専門管理栄養士 川口美喜子先生
東京医科歯科大学病院 摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士 豊島瑞枝さん

がんwithでは、たくさんのレシピを紹介しています。
あなたの「食べたい気持ち」に応えるレシピがあるかもしれません。
→食べたくなる、作りたくなる食楽レシピ