がんと診断されたあと、仕事はどうなる?
―「会社に相談していい理由」が、少し増えました
「治療が始まったら、仕事は続けられないかもしれない」
「会社に迷惑をかけたくない。言うべき? でも言ったら立場が悪くなるかも」
がんと診断されたとき、こうした不安が一気に押し寄せるのは、とても自然なことです。
実際、病気を理由に退職した人の中には、治療が始まる前に退職を選んでしまう人が一定数いることも指摘されています。
「今は体調の見通しが立たない」「職場に迷惑をかけるくらいなら」と、早い段階で決断してしまうのです。
でも最近、社会の前提が少し変わり始めています。
“病気になったら仕事を辞める”を当たり前にしないために、国が職場の取り組みを後押しする動きが強まっているのです。
目次
2026年4月から、会社に求められる姿勢が変わりました
2026年(令和8年)4月1日から、改正された労働施策総合推進法により、治療を受けながら働く人を支えることが、事業主(会社)の「努力義務」として明記されました。
法律の趣旨はシンプルです。
病気やけがなどで治療を受ける労働者が、仕事によって症状が悪化しないようにし、治療と仕事を両立できるよう、会社は相談に応じ、必要な体制整備や措置に努める――というものです。
ここで大切なのは、「努力義務」という言葉の意味です。
「努力義務」って、患者さんから見るとどういう意味?
努力義務は「絶対にこうしなければならない」という強制(義務)とは違います。
たとえば「必ず短時間勤務を認めなければならない」「必ず在宅勤務にしなければならない」といった“結果”を法令が求めているわけではありません。
ただし、これまでと大きく違う点があります。
それは、治療と仕事の両立支援が「会社の善意」だけに委ねられにくくなったことです。国は、会社が取り組みを進めるための指針(治療と就業の両立支援指針)も整備し、周知を進めています。
患者さん・家族にとっての実質的な変化は、こう言い換えられます。
「患者さんが会社に相談していい」ことが、社会のルールとしてよりはっきり位置づけられた。
「言い出せない」「迷惑になるかも」と抱え込みがちなテーマだからこそ、これは小さくない変化です。
会社が準備すべきこととして示されている内容
指針や関連情報では、職場が両立支援を進めるための“土台”として、次のような環境整備が挙げられています。
- 会社としての方針を示し、社内に周知する
- 研修等を通じた意識啓発を行う
- 相談窓口を明確にし、安心して相談できるようにする
- 休暇や勤務の仕組みを、会社の実情に合わせて整える
- 必要に応じて、事業場外の資源と連携する
もちろん、すべての職場がすぐ完璧にできるわけではありません。会社の規模や業種によって、できること・難しいこともあります。だからこそ、患者さん側は「制度で全部解決する」と思いすぎず、でも「どうせ無理」と諦めすぎず、“話し合うための材料”として知っておくとよいでしょう。
患者さん・家族が知っておくと役に立つ3つの視点
1)「がんになる前と同じように働くことができなければ復職できない」ではなく、「どういう状況だったら働きたいか/働けるか」
がん治療は人によって経過も副作用も違います。
大切なのは現在の体調と仕事に応じて、どんな働き方をしたいか、働けるかを考えてみることです。同じ治療をする人で職場復帰するタイミングはいつ頃の方が多いか、主治医に確認してみてもよいでしょう。「通院の日はどうする?」「体力が落ちる時期は?」「職場の負担が大きい作業は?」など、調整できるポイントを一緒に探すことです。
2)職場に病気のことを伝えるタイミングは“早いほどよい”とは限らない
診断直後は、心も体も情報でいっぱいになります。
職場に伝えることが負担になるなら、まずは主治医や相談支援、家族と「いつ・何を・誰に」伝えるか整理してからでも遅くありません。指針でも、本人の申出(相談)を起点とする考え方が示されています。
3)家族が一緒に考えてよい
本人がつらい時期、家族が支え役になることは珍しくありません。
「会社に何をどう伝えたらいいか」「どんな配慮を相談できそうか」を、家族が一緒に整理するだけでも、本人の不安は軽くなります。
「会社に相談する」ために、準備しておくとラクになること
職場との話し合いは、気持ちだけで進めると苦しくなることがあります。
可能であれば、次のような点をメモしておくと、相談が具体的になりやすいです。
- 通院の頻度や曜日の目安(未確定でもOK)
- 体調が落ちやすい時間帯、避けたい業務の種類
- 「続けたい働き方」の希望(短時間・在宅・時差・業務量の調整など)
- 主治医からの就業上の留意点(可能なら)
厚生労働省は、会社と医療機関の情報共有に使える様式例(勤務情報提供書や両立支援カード)を公開しています。職場の担当者が「どう進めたらいいか分からない」場合、患者さん側から提案してこうした仕組みを利用することができます。
医療機関からの診断書などの証明書は、一般的に自費です。しかし、会社から主治医へ勤務情報提供書など指定の書類を提出するなどの条件を満たせば、健康保険でその費用を賄うことができます。
最後に:続ける選択も、辞める選択も、どちらも尊重される
誤解してほしくないのは、両立支援の話は「必ず仕事を続けよう」というメッセージではない、ということです。
治療に集中したい、休みたい、働き方を変えたい――どの選択にも理由があり、尊重されるべきです。
選択をするのは、ご本人です。ただ、一人で決めるのは難しいかもしれません。
社会は少しずつ「一人で抱え込まない」方向に動いています。
2026年4月からの法改正は、その流れを後押しするものです。
もし今、仕事のことを考えるだけで苦しくなるなら、結論を急がなくて大丈夫です。
まずは「相談していい」「話し合っていい」という選択肢があることを、心の片隅に置いてみてください。
治療と仕事の両立にかかわる「よくあるご質問(Q&A)」
Q1.「努力義務」と聞くと、結局は会社次第ということですか?
A. はい、最終的な対応は会社ごとの判断になります。
努力義務は「必ずこうしなければならない」という強制ではありません。そのため、すべての希望がそのまま叶うわけではないのが現実です。ただし、これまでと違うのは、治療と仕事の両立について“相談を受け止め、検討する姿勢”が、社会のルールとして位置づけられた点です。「相談しても意味がない」と最初から諦める必要はなくなりました。
Q2.正社員ではありません。パートや契約社員でも対象になりますか?
A. はい、雇用形態に関係なく対象とされています。
今回の考え方は、正社員だけを想定したものではありません。パート、契約社員、派遣社員など、雇用形態にかかわらず“治療を受けながら働く人”全体が対象です。
ただし、雇用形態によって、利用可能な社内の制度の範囲が異なる場合があります。だからこそ、「何ができそうか」を一緒に考える対話が大切になります。
Q3.会社に伝えるタイミングは、いつがよいのでしょうか?
A.「診断されたらすぐ伝えなければならない」わけではありません。
診断直後は、気持ちも体も落ち着かないことが多いものです。まずは治療の見通しや生活への影響を整理し、「いつ・何を・誰に伝えるか」を考えてからでも遅くありません。
一方で、通院や体調変化で業務に影響が出そうな場合は、早めに相談した方が調整しやすいこともあります。正解は一つではありません。
Q4.会社があまり前向きに取り合ってくれない場合は?
A. 一人で抱え込まず、外の相談先も活用してください。
会社への申し出の仕方について、医療機関の相談支援、産業保健総合支援センター、社会保険労務士など、第三者に相談する選択肢もあります。家族が一緒に相談しても構いません。
Q5.仕事を続けられなかったら、失敗なのでしょうか?
A. いいえ、そうではありません。
治療に専念する、休む、働き方を変える、辞める――どの選択にも意味があります。両立支援の話は「必ず働き続けよう」というメッセージではありません。
大切なのは、「一人で決めなくていい」「選択肢を知った上で自身の希望する今後の働き方について決める」ということです。
Q6.会社に相談する前に、準備しておいたほうがいいことはありますか?
A. まずは「自分は今、何に困っていて、どうしたいのか」を整理してみることが大切です。
治療と仕事の両立を考えるとき、制度や会社の対応に目が向きがちですが、その前に、自分自身の体調・気持ち・生活の優先順位を見つめ直すことが、相談をスムーズにする第一歩になります。
大切なのは、「一人で決めなくていい」「選択肢を知った上で自身の希望する今後の働き方について決める」ということです。
たとえば、「今はフルタイムが不安」「通院のある日は配慮してほしい」「続けたい気持ちと、休みたい気持ちで迷っている」――このように、はっきり決まっていない状態であれば、医療機関の相談支援、産業保健総合支援センター、社会保険労務士など、第三者に相談してみるとよいでしょう。
がんwithではこれまで、コラムやワークブックを通じて、自分の状態や大切にしたいことを書き出し、言葉にしてみることの大切さを伝えてきました。こうした整理をしておくことで、会社との話し合いが“要求”ではなく“共有”になりやすくなります。
会社に相談することは、答えをすぐに出す場ではありません。
自分の状況や気持ちを整理し、それを伝えること自体が「相談」です。
完璧に準備しなくても大丈夫。考え途中の状態でも、「今の自分」を共有するところから始めてみてください。
(2026年6月公開)