治療中の病気について職場に伝えるときに知っておきたいこと
はじめに
治療中の病気についてあなたは職場に伝えていますか? 伝えているなら、どんな伝え方をしていますか?
治療中の病気のことは、必ずしも職場に伝えないといけない情報ではありません。個人的なことを職場の人に知られたくない方の気持ちもわかりますから。
しかし、ここでは、何のために、何を知ってもらう必要があるのかを整理し、伝えておいてよかったこと、伝えなくてもよかったことを、実際におこった事例と一緒にご紹介したいと思います。
職場に伝えるのは何のため?
働きながら、がんの治療を続けていくために、上司や同僚に気遣ってほしいこと、気遣ってほしくないことを明確に伝えることは、あなたが望んでいる働き方や治療の仕方を実現するために重要なことです。
治療に専念するために、仕事を休んだとしましょう。職場に復帰した直後は心配したり気遣ってくれたりした上司や同僚も、3~4か月と時間がたつと、日々の仕事が当たり前になってきて、あなたが病気で休んでいたことを忘れてしまうかもしれません。少し体調が悪いとき、みんなに心配をかけまいと、元気を装って必死に働いていても、その頑張りは見えないこともあり、職場の人は、だんだん、あなたの病気について意識しなくなるかもしれません。あなたが必死で働いている状態が、上司や同僚の当たり前になっていると、仕事の期待値を上げられてしまうこともあるでしょう。
継続的に働いていくためには、無理な頑張りは要注意です。
こんなとき、あなたなら、どう気遣ってほしいでしょうか。
体調が悪いときは、自分から言い出さなくても手伝ってほしい、と思う人もいるでしょう。その場合は、「体調が悪いとき、手伝ってとなかなか言えないので、気づいたらあなたから声をかけてほしい」と伝えるのはどうでしょうか。
反対に、病気のことで気を遣われることが嫌な人もいるでしょう。その場合は、「助けやサポートが必要なときは自分から伝えるので、体調のことについてあまり気を遣わないでください」と伝えてもよいでしょう。繰り返しになりますが、あなたが「してほしい気遣い」と「してほしくない気遣い」を伝えてはいかがでしょうか。
本人の無理な頑張りは要注意であること同様に、上司や同僚の無理な(負担感が強い)気遣いも継続性を期待できません。上司や同僚にとって負担感が強い気遣いを求めている可能性があると感じたら、上司や産業保健スタッフに相談し、それぞれにとって無理のない負担感の気遣いの落とし所を見つけましょう。
職場にはどんなふうに伝えるとよいか
では、実際に職場に伝えるとしたら、どんな伝え方がよいでしょうか。
自分が話した内容が、周囲の人たちにどう受け止められるかを考えてみましょう。“がん”についてのイメージは人それぞれです。がんに関して詳しく知らなかったり、間違ったイメージを持っていたり、身近にがんの方がいた場合、そのイメージにとらわれることもあります。上司や同僚も、初めて“病名”を打ち明けられたときに、衝撃を受けることは想像に難くありません。衝撃を受け、「大丈夫なのかな」「これまで傷つけることを言ったり、してしまったりしていないだろうか・・?」「仕事をやめたいとか思っているのかな・・?」などさまざまな思いが頭に浮かび、どんな顔をしたらよいのか、どんな言葉を返せばよいのかわからなくなってしまう方もいます。あなたが予想していたものとは異なる反応が返ってくることがあるかもしれません。そのため、あなた自身の気持ちが落ち着いているときに伝えるとよいでしょう。
また、情報を受け取る側に考えさせることなく、具体的に「気遣い」してほしいことを限定して伝えるとよいかもしれません。例えばこんな伝え方はどうでしょうか。
「私は、抗がん剤の飲み薬で治療中です。〇週おきに薬を飲んでいます。最後の週、体がしんどいときがあります。そういうときだけ、立ち仕事を少なくしてもらえると助かります」
職場に伝える前に自分でできること
実際に職場に伝えるためには、準備が必要ですよね。
伝えた時にどんな反応が返ってくるだろうか、どういう質問をされるだろうか、というところまで想像して、回答を考えておくと安心できるのではないしょうか。
「伝えるための準備」というと何をすればよいか分からず、難しく考えてしまうかもしれませんが、知っておいてほしいのは、あなたのことについて一番詳しく知っているのはあなた自身だということです。まずは、あなた自身が、自分の病気のこと、体調のこと、それによって仕事にどんな影響がでるのか、などをよく知り、整理し、言葉にして伝えられるようになることが重要です。その手助けとなるツール「病気の治療とともに働く人のためのワークブック」もあるので、ぜひ使ってみてください。
このワークブックには、周囲の人たち伝えた時に想定される反応や質問についても書かれているので、あなた自身のことを整理して伝えるための準備に役立つはずです。
それでは、最後に、伝えておくことのよさと、伝えなくてもよいことを実感した事例をみていきましょう。
伝えておいてよかった事例「手術後、ホルモン療法をしている乳がん患者Aさん」
手術後の経過は良好で、仕事に復帰し、ホルモン療法の副作用でほてりや発汗などもありましたが、職場で薄着になるなどの対応で、仕事は問題なくできていました。実はAさん、乳がんが判明する前に異動を希望していました。そのときは、希望した異動先のポストに欠員はなく異動は叶いませんでした。上司には、治療について報告しているなかで、治療が長く続きそうであること、治療の副作用は仕事に大きな影響がないこと、治療は転居を伴う異動をしても続けられることなどを話していました。手術後にAさんが希望していた異動先のポストが空いた際、人事部門はAさんのことを思い出しました。しかし、乳がんの治療中であるので、異動は難しいだろうと、Aさん本人や上司に確認せずに判断し、異動の話は立ち消えになりそうでした。そんなとき、その情報を聞きつけたAさんの上司が、これまでAさんから報告を受けていたように、転居をしたとしても治療は続けられること、治療の副作用も仕事には大きな影響がないこと、治療中の今も異動を希望していることを人事部門に伝えてくれました。そして、Aさん本人の意向を確かめることになり、Aさんがまだ異動を希望していることも確認できました。治療中の情報やその後のことまで上司に伝えていたおかげで、Aさんはチャンスを逃さずにすんだという事例です。人事部門も本人を心配しての判断であり、悪気があったわけではないのですが、Aさんにとっては、余計なお世話となってしまったようです。
すべてを伝えなくてもよいという事例 「乳がんと同僚に言いたくないBさん」
病気であることは隠せないと思っているのですが、休職前に乳がんであることは言いたくないと相談に来たBさん。診断書に「“乳がん”とは書いてほしくない」と主治医に伝え、「悪性腫瘍」という病名で休職の診断書が提出されました。復職の際にもBさんは「乳房を切除したことを知られたくない」と仰っていました。幸い手術による仕事への影響はなかったこともあり、職場での配慮に関わる必要な情報にがんの部位を記載する必要がなかったため、乳がんであることは伝えず、上司や同僚に胸部の悪性腫瘍と伝え、手術後のホルモン療法についても、副作用のみを伝えることとし、Bさんの希望に沿う形で職場に伝えることになりました。
いかがでしたか。
具体的な事例から、職場に伝えておいてよかったこと、すべてを伝えなくてもよい場合もあることをご理解いただけたと思います。
あなた自身がどう働きたいのか、職場にどんな配慮をしてほしいのか。そこから逆算して、伝える必要があること、伝える必要がないことを考えてみてはいかがでしょうか。
(2024年6月公開)