より働きやすい環境を整えるために〜合理的配慮という考え方

「合理的配慮」とは

合理的配慮とは、個々の当事者の障害の状態や職場の状況に応じて提供されるものです。合理的配慮は、障害者雇用の文脈でよく語られますが、そもそも、障害者雇用促進法という法律では、障害者の定義を「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。第六号において同じ。)その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう。」としています。

今、このコラムを読まれているがん患者さんの中には、「障害者」という表現に戸惑われる方もいるかもしれませんが、「社会生活に障害を抱えている人」と読み替えると戸惑いも少し和らぐのではないかと思います。いわゆる障害者手帳を持っているかどうかは関係ありません。したがって、合理的配慮という考え方は、がんの治療を受けながら、様々な症状に悩み、就労を含めた社会生活に障害が生じているがん患者さんにも当然あてはまる考え方なのです。海外では、当事者の社会生活上の困難度から支援の必要性を判断しており、そのような考え方が一般的です。

本コラムでは、がん患者さんが治療と仕事の両立を進めるために、合理的配慮という「考え方」がどのように役立つのか、読者の皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

治療と仕事を両立するために、障害になっている職場の要因について考える

まずは、合理的配慮の考え方をもう少し具体的に見てみましょう。厚生労働省は、合理的配慮指針1)を出しています。その正式名称は、「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針」となっています。

かなり小難しい日本語ですよね。ですが、この正式名称の中に、合理的配慮の考え方を理解するヒントがあります。

当事者の皆さんが、「治療と仕事の両立」がしづらい原因を考えるときに、まずは、自分に原因があると考えてしまいがちです。しかし、この指針の正式名称は、皆さんの体調だけが原因なのではなく、皆さんの働かれている環境も原因になっている可能性がありますよ、ということも主張しているのです。つまり、当事者の皆さんが職場で能力を発揮するために、職場の環境が障害になっているのであれば、それを積極的に改善していこうという考え方なのです。

いかがでしょうか。少し考えてみましょう。皆さんがより働きやすくなるために、何か障害になっている職場の要因はありませんか。さらに、その障害となっている要因を職場に対して解消を相談できますか。その相談を申し出ることが、合理的配慮の話し合いの最初の一歩です。

図:あなたの治療と仕事の両立がしづらい原因は?

当事者が事業者としっかり話し合うために

合理的配慮の提供については絶対的な基準はありません。当事者の抱える課題も様々ですし、事業者の状況も様々です。そのため、当事者と事業主がしっかりと話し合うことが重要です。

そのための参考資料として、厚生労働省は、前述の合理的配慮指針を示し、その中で具体的な例を示しています。「出退勤時刻・休憩に関し、通院・体調に配慮すること」、「本人の負担の程度に応じ、業務量を調整すること」、「本人のプライバシーに配慮した上で、他の労働者に対し、障害の内容や必要な配慮等を説明すること」などについての具体的な事例が掲載されています。

話し合いをするためには、まずは、当事者が、事業者に対して自分にどういう配慮が必要なのか説明できるようにしておきましょう。その第一歩として、自分の仕事の内容を考えてみましょう。また同時に、自分が困っている症状についても考えてみましょう。その上で、縦軸に困っている症状、横軸に仕事の内容を列挙して、症状と仕事の内容の組み合わせで、自分にどのような配慮が必要か、より整理して考えることができます。

ただ、この作業を一人で行うのは容易なことではありません。ぜひ、皆さんの周囲の支援者に相談をしてみて下さい。最初に思い浮かぶ支援者は主治医ですが、限られた時間の中で、なかなか主治医の先生に相談するのはハードルが高いですよね。最近は、皆さんが通院されている医療機関のがん相談支援センターでも仕事に関する悩みについて相談に乗ってくれます。また、当事者の本人の体調を把握している産業保健職、社内制度を理解している人事担当者、上司も相談に乗ってくれるかもしれません。

まずは、誰かに相談をして、自分の状況を言語化してみましょう。相談をしながら、自分に必要な配慮を考える作業を進めていくと説明の仕方がよりうまくなりますし、仕事をするという面から、自分の体調への理解も深まります。

表:自分の仕事の内容と困っている症状について書き出してみましょう

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必要な配慮を求めやすい雰囲気を作るために

産業保健職や衛生管理者、人事担当者が、受診に同行して、主治医と直接話をする機会を作るのもいいでしょう。会社の方が同行する際には、事前に、皆さんから、主治医の承諾をとっておきましょう。このようなプロセスを経ることそのものも、合理的配慮についての職場との話し合いの一部になります。このようなプロセスは、職場が、現在の職場の雰囲気が、当事者が自分に必要な配慮を申し出やすいかどうか、今一度、振り返る機会にもなります。

空気を読みがちな人が多い日本の職場は、配慮を求めることがわがままなこと、と思う雰囲気がまだまだあります。そのため、配慮を求めやすい環境を醸成するために、関係者に何ができるのか考えてもらうことはとても大切なことだと思います。また、会社の関係者が、皆さんの状況を理解してくれることは、一緒に働く同僚に対しても、どのような配慮が、どうして必要なのか、説明して、協力を得られやすい雰囲気の醸成にも役立ちます。

患者自身も職場も「Win-Win」な合理的配慮を

合理的配慮は、当事者にとっても、事業者(職場)にとっても、Win-Winの状況を生み出すことが目的で、決して、当事者のみに利益があるものではありません。もちろん、職場の状況に応じて、事業者によって配慮できることとできないことが出てきます。そのため、合理的配慮の前提として、「事業者に対して過重な負担を及ぼさない」という条件があります。

私は、よりよい形で合理的配慮が行われるためには、当事者、事業者双方が双方の立場を理解して、寄り添う姿勢が大切だと思います。その姿勢がないと、合理的配慮の話し合いは成り立ちません。私は、良い仕事をするという意味においては、職場と当事者は対等だと思っています。合理的配慮について、さらに関心が高まり、治療と仕事の両立しやすい世の中になっていくことを期待したいと思います。

参考:1) 厚生労働省:合理的配慮指針(2021年2月12日閲覧)

(作成:2021年5月)

<執筆者>
江口 尚(えぐち ひさし)先生

執筆者プロフィール
産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学研究室 教授

資格・所属学会

日本医学教育学会、日本行動医学会、日本産業ストレス学会、日本産業精神保健学会、経営行動科学学会、日本疫学会、日本公衆衛生学会、日本産業衛生学会

ご略歴

2001年 産業医科大学 医学部卒業
2008年 大阪府立大学 大学院修士課程修了(経営学修士)
2013年 信州大学 大学院博士課程修了(医学博士)
2013年 北里大学 医学部公衆衛生学助教
2017年 同講師
2020年 産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学研究室 教授

書籍

Q&Aで学ぶワーク・エンゲイジメント できる職場のつくりかた(共著) 金剛出版
職場のポジティブメンタルヘルス3(共著) 誠信書房
職場のポジティブメンタルヘルス2(共著) 誠信書房
職場のポジティブメンタルヘルス(共著) 誠信書房
公衆衛生看護テキスト第4巻 公衆衛生看護活動Ⅱ 学校保健・産業保健(共著) 医歯薬出版

雑誌掲載記事

江口尚:難病患者における治療と就労の両立支援:産業ストレス研究 25(3) 325–334(2018年9月)
江口尚:難病患者における両立支援:健康開発 24(3) 27–32(2020年3月)
江口尚:障害のある労働者の就業上のストレスと支援と産業保健職の役割:産業ストレス研究 27(2) 193–201(2020年4月)
江口尚, 森永雄太, 細見正樹:健康経営および治療と仕事の両立―産業保健学および組織行動論の視点から―:経営行動科学 31(3) 117–131(2020年3月)