どのように病気のことを職場に伝える?
がんは私傷病
職場で病気を考える場合、業務上疾病と業務外疾病に分類されます。
がん(悪性腫瘍)は、一部の化学物質や石綿、電離放射線などの曝露とは因果関係があり、業務上疾病と認定(労災認定)されることもありますが、ほとんどの場合は業務外疾病、つまり私傷病です。それでは業務上疾病と私傷病では何が違ってくるのでしょうか?
業務上疾病では、治療にかかる医療費、休業補償費などが労災保険で賄われ、当然ですが手厚い補償が受けられます。また企業・職場は、その従業員に対して全面的に業務上の配慮をする必要も生じ、休業中に解雇することが制限されます。一方私傷病では、それらを補償する義務はありません。ただし私傷病の場合でも、企業・職場は労働者を雇用した(労働契約をした)時点で、労働者に対して安全(健康)配慮義務が大なり小なり生じるため、一定の配慮は得られます。しかし発症予防や再発防止等については本人の努力、すなわち自己保健義務での対応が基本となります(図1)。
図1 労働契約
職場に伝えるということはどういうことか?
医師から「がん」と告知された場合、多くの方は大きな不安を抱き、動揺することでしょう。「がん」と告知されたことを、誰に伝えますか? まずはご家族や親しい友人に伝えるのではないでしょうか。
しかし、仕事をしている場合には、検査や治療のために何度も、また長期間仕事を休まなくてはいけなくなることもあります。仕事を継続していくためには、職場にも伝えなければなりません。
それでは、職場に伝えるということはどういうことを意味するのでしょうか? その際に何が問題になるでしょうか?
まず、プライバシーや精神的な苦痛の問題がすぐに思い浮かびます。それ以外にも、「治療が終わっても元の状態に戻れない」「業務に大きな穴をあけられる」などと職場が懸念し、大事なプロジェクトや地位から外されてしまうこともありえます。また、休業期間が長期にわたると、正社員の場合はすぐに解雇となることは稀ですが、非正規社員の場合は契約を更新されなくなったり、派遣社員の場合は派遣終了となってしまったりするなど、雇用継続の問題にもなりかねません。こうしたマイナスのイメージが強いため、職場にはなかなか伝えにくいと思われます。もちろん、初期段階で手術をして短期間で職場復帰できるなど、職場に伝える必要がない場合もあります。では職場へ伝えない方がいいのでしょうか?
決してそうではありません。がんは私傷病ではありますが、企業・職場としては、少子高齢社会の中で、それまで貢献していた貴重な戦力を失いたくはありません。また、企業には、図1のとおり従業員の安全、健康を配慮する義務もあります。企業・職場として配慮をするためには、ある程度の情報がなければ配慮したくてもできません。つまり、本人からの申し出が、両立支援や配慮を得るためのスタートとなるのです。
いつ・誰に伝えるのか?
それでは、いつ職場に伝えればいいのでしょうか? また誰に伝えればいいのでしょうか?
まず、時期については、既に説明したとおり、月に1~2回程度の休業で、業務も支障なくこなせる状態であれば、無理に伝える必要はないかもしれません。
しかし、休業が一定以上の頻度や期間になったり、疲れやすさ、息切れ、その他の症状で業務に支障をきたしたりする状態ならば、早めに伝えて理解、配慮を得たほうがいいでしょう。また現状では症状がなくても、今後の治療によって、副作用などの大きな症状が出現する確率が高いと説明を受けている場合も伝えておいたほうがいいでしょう。
では、誰に伝えればいいでしょうか?
基本は職場の上司となりますが、先ほどあげたような様々な不安もありえますので、特に信頼関係が築かれていない場合などは、とても伝えにくいと思います。その場合は、職場に産業医や保健師、看護師などの産業保健スタッフが配置されていれば、ぜひそれらの産業保健スタッフへ相談することをお勧めします。主治医と連携をとって情報を得ながら、医療の専門家としての助言はもちろん、その他にも各種社内制度や、医療制度の紹介をしてもらえます。また状況に応じて、職場での配慮が得られるよう、上司等へ意見を述べてもらえることもあります。
さらに現状の業務遂行が難しい場合は、就業制限をかけられることもあります。その場合は、残業制限、夜勤や出張制限などで、収入やモチベーションの低下をきたしてしまうこともありえますが、症状が悪化して職場で倒れてしまったり職場に迷惑をかけてしまったりしては元も子もありません。また、産業保健スタッフは医療従事者ですので、当然、守秘義務があり、職務上知り得た情報を本人の同意なく上司など第三者へ提供することは禁止されていますので、安心して相談することができます。一方で、職場で配慮をされる場合は、その他の同僚に負担を強いてしまうこともあります。そのためにも、日頃から同僚との関係性を良好に保っておくことも重要です。また、遠慮しすぎはよくありませんが、「配慮してもらって当然」という態度もよくありません。上司や同僚も人間ですので、時には謙虚になったり感謝の意を示したりすることも必要です。
産業医は、「産業医が行うがん就労支援とは?」(上原正道先生執筆)にもありますが、従業員数が一定規模数でないと選任義務がなく、常勤で産業医がいるのは1,000人以上の規模の場合がほとんどです。産業医がいない場合は看護職に相談してください。看護職もいない場合は、上司の他、衛生管理者や人事労務担当者、産業保健総合支援センター等への相談も検討してください。
また長期に休む必要のない場合でも、特にがん治療の化学療法など、1日のうち短時間だけ、定期的な通院が必要な場合もありえます。企業によっては、時間休暇や一定期間の短時間勤務などの制度が利用できる場合もあります。在宅勤務制度を取り入れている企業も増えてきています。これらの制度は、企業によって異なりますので、どのような制度があって活用できるか、産業保健スタッフや人事労務部門に確認してください。
職場に伝える前に誰かに相談できるか?
「がんの告知」は医師からなされます。そのあとすぐに職場に伝えるか、と言いますと、そうでないことが大半でしょう。まず家族など親しい人たちに相談することとなりますが、企業の制度、経済的なことなどは、あまりご存じないことが多いと思います。また、医師からも一定の情報提供をしてもらえますが、短い診療時間の中では不十分でしょうし、聞きづらいこともあると思います。そこで一役かうのが、がん診療連携拠点病院に配置されているがん相談支援センターです。そこでは、MSW(医療福祉士)、看護師らが、がんに関する治療や療養生活全般など、様々なことについて相談にのってくれます。仕事と治療の「両立支援コーディネーター」になってもらえたり、社会保険労務士、キャリアコンサルタント、両立支援促進員などの専門家につないでもらえたりする場合もあります。また、社外の公的な支援制度、支援機関もあります。これらの専門家をうまく利用してください。名古屋市では有志が集まり2015年に「がん就労を考える会」を立上げ活動をしています。年1~2回開催している研究会でもこれらについて多く取りあげていますので、参考にしてください(図2)。
図2 両立支援における職場との関係(がん就労を考える会提供)
さいごに
がんと告知された場合、繰り返しますが、職場に迷惑をかけるから、あるいは治療に専念するために、との思いから「仕事をやめなければいけない」と思ってすぐに仕事をやめないでください。そして、親しい友人、家族、病院、職場の各専門家に相談し、各種情報、助言を得てください。最近では育児、介護、と様々な両立支援の制度が整っており、これら同様、がんをはじめとする病気の治療をしながら働き続けるための制度も充実してきています。がんに罹患しても、多くの場合「死ぬ病気」「働けなくなる」という時代は過去のものになりました。治療しながら働き続ける時代です。そのために、いろいろな専門家、制度を利用し、気持ちよく配慮を受けることができるよう、日頃から自己管理や職場での良好な関係性の構築を心がけてください。
(2020年2月公開)