医師が“風穴”をあけ、チームで“真のニーズ”に応える 世代に応じたがん支援体制とは
~兵庫県立がんセンター がん相談支援センター

がんと診断されたとき、誰もが心細くなるものです。誰をどのように頼ればよいかわからずに、孤独感を味わうことも少なくありません。そんなときに寄り添ってくれるのが、がん相談支援センターのスタッフです。
兵庫県立がんセンターでは、初診を受けたがん患者さん全員が、がん相談支援センターの存在を知り、「何かあったら頼れる場所がある」と自然と足が向く工夫を凝らしています。加えて、AYA世代(15歳~30歳代)1)や現役世代(20歳代~60歳代)の患者さんから高齢患者さんまで、それぞれの世代に応じた支援について、実例を交えてお話を伺いました。(2025年9月取材)

左から山本 佳子 さん(皮膚・排泄ケア認定看護師)、里内 美弥子 先生(副院長)、今坂 久美子 さん(看護師長)

がん診療連携拠点病院として幅広い世代の患者さんを支える体制づくり

里内先生:がんは高齢者に多い病気のイメージですが、実際にはAYA世代や働き盛りの現役世代も含め、幅広い年代の方がかかります。当院は兵庫県のがん診療連携拠点病院として、地域全体・さまざまな世代のがん患者さんの診療にあたっています。
がん相談支援センターは、年代・立場に関係なく、ニーズに合わせた支援をお届けしています。

今坂さん:がん相談支援センターは、がんに関して、当院を受診されている方はもちろん、他院へ通院されている方、患者さんのご家族、医療者の方など、どなたでも無料で匿名でもご利用いただけるのが特徴です。
当院の相談員は、全員が看護師です。多くのスタッフが「国立がん研究センター認定がん専門相談員」の研修を受けており、両立支援コーディネーターとしても活動できる、専門性の高い体制を整えています。

山本さん:私は皮膚・排泄ケア認定看護師の知識や技術を活用して、治療による外見(アピアランス)の変化に対する支援や、人工肛門(ストーマ)の造設に関する情報提供や日常生活の支援なども行っています。

患者さんを「ひとりにしない」ための仕組みづくり
~初診時から始まる切れ目のない支援

里内先生:がん相談支援センターの存在を知らなければ、患者さんは相談したくてもできません。確実に知っていただく仕組みづくりが重要です。

今坂さん:初診時にはすべての患者さんに、がん相談支援センターを必ず訪れていただく体制を整えています。

里内先生:患者さんが行う検査や治療の予定を決めるときに、医師が患者さんの気にしていることをキャッチし、がん相談支援センターにつないで必要なサポートを行うのが当院の特徴です(図1)。

図1がん相談支援センターにつながるフロー(全体像)

図1 がん患者さんが、自然にがん相談支援センターに立ち寄っていただけるような流れを構築。医療者と接点を持つさまざまなタイミングで「がん相談支援センターで相談できる」ことを伝える。初診日:初診予約の時点で、がん相談支援センターへの予約も入っている。→看護師による問診・問診票記入:困りごとを医療者間で情報共有。→医師の診察:病気・検査・治療以外のことも話題にして『風穴をあける』、診察時の話から看護師が困りごとをまとめる。→各種検査:検査時に気になることがあれば医療者間で情報共有。→診断:がん相談支援センター来訪を促す、がん相談支援センターへ連携。→がん相談支援センター:困りごとの整理。この流れをたどることで、相談へのハードルが下がることを期待。初診日以外における、院内でのがん相談支援センターとのつながり。以下の各センターとも連携して、患者さんへの相談を促す。治療開始時の入退院支援センター(入退院時の就労状況の把握、必要に応じ相談を促す)。外来化学療法センター(特に治療終了が近づいてきたときの就労支援)。

里内先生:最初に医師から、診療以外の話題を出すことを意識して行っています。そうして“風穴をあけておく”ことで、患者さんはその後のさまざまな医療者と接点を持つタイミングで心を開きやすくなると考えています(図2)。

図2相談をしやすくするために、医師が“風穴をあける”とは(現役世代の初診を例に)

図2: 検査や今後のスケジュールについて話し合っているとき。スマートフォンや手帳で予定を確認する患者さん、それを見た医師が、「お忙しそうですね」と声をかけ、「お仕事をしているなら、辞めないでくださいね」「お仕事のことなど困りごとを相談できる窓口(がん相談支援センター)がありますよ」と伝える。患者さんは「あれ、仕事のことなんかも気にしてくれるんだ。相談できるんだ」と感じる。→がん相談支援センターを意識していただけるようになる

里内先生:医師は診断・治療の専門家ですが、生活面や治療費などについては別の専門家がいますから、「スタッフに相談してくださいね」とお伝えし、その後の相談を促します。

今坂さん:患者さんやご家族と最初にお話しする時間を大切にしています。初診では困りごとが明らかではないことも多いですが、何かあれば相談できる場所があることを知っていただけるようにしています。

山本さん:患者さんが言葉にできないけれど本当は困っていること、すなわち“真のニーズ”を、お話のなかで見つけ出すことが重要だと考えています。

世代別の相談内容 ①
AYA世代(15歳~30歳代)への支援~仕事と治療の両立を中心に

里内先生:AYA世代の患者さんでは、外見の変化、子どもが欲しいという希望、子育て、学業・お仕事など、患者さんそれぞれに深い悩みを抱えます。がんの種類によっては診断してすぐ治療を始めることもあるため、考える時間が限られてしまうこともあります。診察時間に限りのある医師1人では、すべての相談に乗れません。そこで、がん相談支援センターの出番になります。

今坂さん:私はこれまでの経験から、AYA世代のような若い患者さんは自ら「相談したい」と声に出すことが難しい、と感じています。医師や医療スタッフ側から声をかけることで、患者さんは「相談してもいいんだ」と思っていただきやすくなるようです。

山本さん:そして、“真のニーズ”を探ることが重要です。図3に例を示しました。

図3患者さんの“真のニーズ”を探り、支援につなげる~抗がん剤の副作用である脱毛対策を例に

図3 1.医師から「抗がん剤治療で脱毛がある」と聞いたとき...単に「ウィッグで対応」とは考えず、患者さんが本当に必要としているのか、必要としているなら、それはどんな理由かを確かめる。2.お子さんがいる女性の場合:お子さんとの接し方。お子さんに心配をかけたくないという思いから、24時間ウィッグをはずせなかったり、ウィッグがずれるのを気にするあまり、お子さんに頭を触られそうになると避けたりよそよそしい態度になったりする。例:ご本人には「脱毛しているお母さんも、これまでのお母さんと変わらないですよね」とお伝えし、お子さんとの過ごし方や接し方を振り返ってもらうことで、その人らしくいられるような支援を行う。3.患者さんが思っていることとは別の視点を提案。例:がんだからウィッグを着けているんだと周囲に思われてしまいそうで、ウィッグに抵抗がある患者さんへの提案。「ウィッグは、今はおしゃれで被っている人もいるから、気負わなくても大丈夫ですよ」
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山本さん:AYA世代を含む現役世代は治療しながら仕事を継続できることも重要ですので、私たちは両立支援にも力を入れています。以前、体調が思わしくないうえに抗がん剤の副作用が懸念される20代の患者さんから「職場復帰したい」とご要望をいただいた際には、医師と職場の間に入り、テレワークを提案してみました。
医師からは「抗がん剤で免疫力が下がっても、人との接触を避けられるテレワークなら働ける」という判断もあり、ご本人の病状や副作用の程度、仕事の内容をふまえて意見書を書いていただき、職場からも「検討してみます」とお返事があり、復帰が実現しました。すべての希望が叶うわけではありませんが、患者さんと相談しながら、作り上げた意見書などを活用することで両立への活路が開けることがあります。私たちも、患者さんご本人と、受け入れる職場側の両方が、安心して仕事を継続できるためのお手伝いをしています。

世代別の相談内容②
高齢の患者さんへの支援~生活と治療のバランスを一緒に考える

里内先生:高齢の患者さんでは、何よりもまず、その方ががんのことをどのくらい理解できているか、注意深く見ています。また、付き添いの方がいるかどうかも大切な要素で「ご親族はいらっしゃいますか?」といった情報収集から、誰が患者さんを本当に支援してくださるのか確認していきます。
理解が難しく、おひとり暮らしで支援者がいない場合は図1のフローの途中から担当の看護師などが早めに支援を始めることがあります。

今坂さん:おひとり暮らしの方や意思決定が難しい患者さんの情報は、最終的にがん相談支援センターへ届きます(図1)。ご本人にお会いして「困っておられませんか?」「どういったサポートがあれば生活しやすいですか?」などと伺い、一緒に考えます。

山本さん:初診でがん相談支援センターを訪れた患者さんは緊張していますから、うまく話せず、困りごとが隠れてしまいがちです。まずは、日常の雑談のように気さくにお話しいただけるような雰囲気づくりを心がけています。そして、患者さんの“真のニーズ”は何か、引き出すことを意識して対話しています。

今坂さん:高齢患者さんの具体的な相談ごととしては病気・治療・生活面・医療費に関してが多いですね。

里内先生:年金暮らしの患者さんも多いので「お金のことも相談してくださいね」と話しています。

今坂さん:医療費の心配から「治療をやめようかな」と話す患者さんもいますが、高額療養費制度や介護保険といった支援制度を紹介するとともに、必要に応じてそれらの申請窓口までお伝えして、患者さんが行動を起こそうという気持ちになるところまで支援しています。さらなる支援が必要なときは、地域連携室のソーシャルワーカーにも協力を仰ぎます。
現在、がん治療の選択肢は増えています。体のこと、生活のこと、自分がどう生きていきたいかという希望をお聞きして、よりよい未来のために話し合い、状況を整理するようにしています。

山本さん:大黒柱として働く頭頸部がん患者さんを支援した例を図4に示します。

図4相談員が支援した高齢男性がん患者Aさんの例

図4 当時の状況:頭頸部がんと診断、医師から治療のため声を失う可能性を指摘される、「声が出せないと、仕事を続けられない」という悩み、治療をやめることも、仕事を辞めることも考えていた。→がん相談支援センター来訪。相談員からのアドバイス:「すぐに仕事を辞めないで、もう一度詳しく治療内容を聞いてから決断してみてはいかがですか?」→診察時。医師からのアドバイス:「(治療していても)仕事を辞める必要はありません。続けられるように共に考えましょう」具体的な治療選択肢について詳しい説明を受ける。→その後:Aさんは治療をやめることも、仕事を辞めることも思いとどまる、治療を前向きに受けることを決意、後日、がん相談支援センターを再訪、「また頑張る力が出てきたよ」と報告。

山本さん:抗がん剤治療により、手指の爪が薄くなったり、変色したりすることがあります。そのため、お会計でお金を出す際に指を見られるのをつらいと感じる患者さんもいるのですが、ある高齢患者さんにネイルを提案したところ、次の来院時に「娘と買いに行ったのよ」と見せてくださいました。さらに「久しぶりにワクワクした」と笑顔でおっしゃっていたのが印象的です。
爪の保護を含め好みの色でネイルをすることで、忘れかけていた気持ちを思い出したり、そのことで気持ちが前向きになったり、患者さんが社会とつながることをちょっとした工夫で支援しています。

患者さん・ご家族へ~「ちょっと話してみようかな」その気持ちを大切に

今坂さん:がんの診断を受けたり、がんの可能性を示唆されたりすると、不安に思うのは当然のことです。「話せる場所があるなら、ちょっと話してみようかな」という気持ちでご連絡いただければ幸いです。がんに関することなら、誰でもどんなことでも、何度でもご相談いただけます。ぜひ、ご活用ください。

山本さん:がん関連の情報を知らずに過ごしていて、「もっと早く知っていれば、違う生き方ができたかもしれない」という声を、以前から聞いていました。
がんという病を前にして、「何をどう選べばいいか」「誰に相談すればいいのか」わからないとき、ひとりで抱えてしまう方も少なくありません。立ち止まって、ご自身にとって最善の方法を考えられるように、どうぞお気軽にがん相談支援センターにお立ち寄りください。必要な情報を得て、安心して次の一歩を踏み出していただければと思います。

治療を受けている病院以外のがん相談支援センターを利用できる

里内先生:「がん相談支援センターは、他の病院で治療を受けている方々や患者さん本人だけでなくそのご家族も相談できる場である」ことは、あまり知られていません。私たちは地域全体のがん診療を推し進める立場ですから、啓発の必要性も感じています。そこで、がん相談支援センターのパンプレットやポスターを作成し、連携している医療機関に配布・掲示をお願いしています。その効果か、私たちのがん相談支援センターは外部から相談に訪れる方の割合が高くなっています。
また、治療の進歩により、がんになっても長生きできる患者さんが増えました。そのため、地域のなかでがん患者さんが心地よく生活できるような支援も必要になってきています。地域の医療機関と当院で連携しながら、ひとりの患者さんの生活を長く支えていくことが大事だと考えています。

困りごとは「型にはまらない」からこそ、一緒に整理しましょう

兵庫県立がんセンター 副院長
里内 美弥子 先生

まずは、がん相談支援センターの存在を知っていただきたいと思います。がん患者さんのお悩みは、本当に人それぞれで型にはまりません。ご家族や周囲の人のこと、お金のこと、仕事のこと……困りごとが複雑に絡み合って、何に困っているかわからなくなることもあるでしょう。

がん相談支援センターは、そんな患者さんの強い味方です。「必ず、すべてが解決します」とは言えませんが、お話を聞いたり、問題点を整理したりすることで、患者さんのお力になれることはあります。寄り添ってもらえる場所が医療機関の中にありますので、ぜひご活用ください。

がん相談支援センターは、それぞれの専門家につなげてくれたり、プロの視点で解決方法を一緒に考えてくれたりする、信頼できるパートナーです。私自身も、患者さんのさまざまなお悩みを伺ったときには、すぐに相談しています。

1) 国立研究開発法人国立がん研究センター:AYA世代の方へ(15歳から30歳代)~15歳から30歳代でがんと診断された人へ~別ウィンドウで開きます[2025年10月7日閲覧]

2025年12月公開