がん患者さんが求めるアピアランスケアとは


国立がん研究センター中央病院 
アピアランス支援センター
公認心理師・臨床心理士 藤間 勝子先生

がんの治療に伴って、患者さんの外見に変化が起こることがあります。外見の変化は、患者さん本人だけでなく、周囲との関係にも影響を及ぼすことがあります。こうした外見の変化に対応する「アピアランスケア」がいま、注目を集めています。アピアランスケアが求められる背景や、ケアを行う目的について、国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センターで患者さんの支援にあたっている公認心理師・臨床心理士の藤間勝子先生にお話を伺いました。

「顔色が悪い」「脱毛」「痩せる」だけではない、治療によって起こるさまざまな外見の変化?

がん患者さんの外見上の変化というと、「痩せる」「脱毛」などが思い浮かびます。実際にはどのような変化があるのでしょうか。

藤間先生:一言で「がんの治療によって起こる外見の変化」といっても、がん種や治療によって異なります。

がん治療で起こる外見の変化
治療 変化
手術 身体の一部の喪失:手足の喪失、顎や目の喪失(頭頸部がん)
皮膚:切開による傷跡・瘢痕(はんこん)・ケロイド
その他:ストーマの造設、リンパ浮腫
放射線治療 皮膚:放射線皮膚炎(ひどいやけどのような状態)、皮膚が赤くなる、落屑(らくせつ)、乾燥、皮膚が薄くなる、出血
髪:脱毛(頭部に照射した場合)
薬物療法 髪:脱毛、縮れ毛、多毛、長くなる、硬くなる、白髪になる
皮膚:乾燥、湿疹、色素沈着、白斑、ざ瘡(ニキビ)様皮疹、手足症候群(手や足の裏が赤くなったり痛くなる)
爪:伸びるのが遅くなる、薄くなる、脆くなる、厚くなる、色が着く、棒状の線が出る、爪の下が化膿する、爪が脱落する、巻き爪、陥入爪
藤間先生

ほかには、むくみによって体型が変わったように見えてしまったり、太ってしまう患者さんも結構います。

藤間先生:私たちが実施した調査では、一般の方が思う「がん患者さん」の外見のイメージは、「血色が悪くなる」「頭髪の脱毛」「痩せて体型が変わる」です。ですから、太ってしまうと実際以上に健康そうに見えてしまい、気にされる方がいらっしゃいます。

治療を始める前に最も質問が多いのは、やはり脱毛に関することです。一般の方を対象に私たちが行った調査では、8割以上の方が、治療を始めたら半分以上の患者が脱毛すると思っていました。こうしたイメージがあるからでしょう、自分ががんになったときにも、まず「脱毛」を思い浮かべる患者さんが多いようで、質問されることが多くあります。一方、治療を始めた患者さんの場合、外見の変化は身体の機能に関わってくるものがあります。生活に支障が出る場合には質問が多いですね。例えば手足症候群で物が持てない、歩行が大変だったり、ざ瘡様皮疹でブツブツが出て痛いうえに見た目もよくない、などは質問が多くあります。今は支持療法が発達してきましたので、こうした変化には、薬剤や看護的なケアで対応できるケースも増えてきました。私たちはアピアランスのケアという観点で、治療ではない側面から関わっています。

社会生活へ戻っていくためのお手伝い

治療による外見の変化は、患者さんの日常にどんな影響を与えるのでしょうか。

藤間先生:まず大きな影響として、変化する外見を見るたびに、がんであることや死の恐怖を喚起させられるということが挙げられます。脱毛した頭を見るたびに、自分ががん患者であると思い知らされるから嫌だ、と言った患者さんがいました。このように変化した外見ががん患者であることを思い起こさせ、常に病を意識しなければならないというのは大きな苦痛です。

患者さん本人の気持ちの面では、自分の大切なものを失った、自分らしさを失ったという苦痛があります。例えば髪に自信があった方が脱毛したり、パートナーがほめてくれていた胸を失うと、大きなショックを受けますし、ご自身のアイデンティティにかかわる問題にもなってきます。ただ、この「自分を失う」という点では個人差が大きくあまり気にならないという方もいらっしゃいます。社会的な問題も大きいです。外見の変化によって周りの人との関係が変わってしまうのではないかいう懸念です。外見の変化は、身体の内部の病変とは異なり、周りの人にも見えてしまいます。例えば脱毛だとわかってしまうと、自分ががんであることを他人に気付かれてしまうのではないかという心配をされる方が多くいます。他人にがんだと知れてしまうと、今までと同じ人間関係を維持できないのではないかと案じているのです。がんになったとしても、周りの人とは今までと同じように過ごしたいと患者さんは思います。しかし、周囲はがんだと知ることで「大変だ」「かわいそうだ」「今まで通りにはいかない」と思ってしまいがちです。「かわいそう」と思われることで、それまでの対等な関係から、「気を遣う側」「気を遣われる側(弱者)」という関係になってしまうのが患者さんにとってはつらいのです。うわさ話になったり同情されたくないだけではありません。職場において、周囲が本人の意思とは違う部分で気を遣ったり配慮をしたりして、必要以上に業務を軽減したり、難しい業務を任せなかったりすると、患者さんとしては機会やこれまでの立場を失ってしまったように感じられることもあるのです。つまり、外見の変化を隠したいと考える背景には、外見からがんだとわかってしまうことを避けたい、特別扱いはされたくないという思いがあるわけです。

アピアランスケアが求められるようになってきた背景には何があるのでしょうか?

藤間先生:治療法が変わってきて、外来で治療を受ける患者さんが増え、働きながら、あるいは学校に通いながら社会とのつながりを維持し続ける患者さんが多くなりました。もう一つは、支持療法の発達で吐き気や痛みなどの治療の副作用を軽減できるようになり、心理社会的な問題にも目が行くようになったという事情もあります。体調がよくなってきて、周囲のことや外見のことを考える余裕が出てきたともいえるでしょう。また、社会全体が外見への配慮を求める風潮にあるというのも一因かもしれません。

患者さんによって、アピアランスケアの介入タイミングはさまざま。手段もいろいろ

アピアランスケアはいつから始めるのでしょうか?

藤間先生:患者さんによってさまざまです。治療開始前から、私たちが相談に応じることもあります。“抗がん剤治療を行うイコール脱毛”と考えて、治療を始める前に慌ててウィッグを買ってしまうような患者さんもいますので、そのようなことがないよう、「必ず脱毛するわけではないこと、脱毛するとしてもあせらなくてよいこと」という情報を提供しなくてはなりません。治療開始後に、爪などの具体的な症状に対応することもあります。また、ふだんは外見を全く気にされないような方でも、成人式やお子さんの結婚式、卒入学業式など、ライフイベントがきっかけでご相談があることもあります。

対応方法も、患者さんによってさまざまです。ウイッグや化粧方法など具体的な外見ケアの方法を提案することもありますし、お話を聞いていくなかで、考え方や物事の捉え方を見直すことで解決する場合もあります。例えば、料理教室の先生で、指先の色素沈着を気にされている方がいました。料理教室ですから、何かを塗ってカバーすることもできません。教室をお休みしなければいけないのかと悩まれて、相談にいらっしゃいました。お話をするなかで、指先は動いていることが多くて、曲がっていると影になるから意外と人目につきにくい、色が変わっていても気付かれにくいとお伝えしたところ、ご自身で改めて指先をご覧になって、納得されてお帰りになりました。

患者さんは、がんの治療という特別な状況に置かれています。非常事態ですから、ものの見方や考え方も、当然ながら健康なときとは違い、自分の変化に敏感になっています。変わってしまったことを、事実以上に深刻に捉えている方も少なくありません。「本当にそうですか?」という問いかけを発することも、アピアランスケアの仕事だと考えています。

カバーするテクニックだけでなく、ものの見方や考え方のケアも、アピアランスケアに含まれるのですね。

藤間先生:アピアランスケアは、患者さんが社会生活を送りやすくなるための支援です。患者さんが、その方らしく生きていくためのお手伝いだと、私たちは考えています。どうにかしたい外見の変化があって、患者さんが相談にいらっしゃった場合、どうして気になるのか、誰の目が気になるのか、どんなときに気になるのか、詳しくお話を伺います。話を聞いてみると、患者さんに外見の変化を気にさせてしまう別の問題が見えてくることもあります。こうしたことは、自分で考えているだけではなかなか気づけないものです。その問題次第では、解決方法は、脱毛などの変化をカバーすることだけには留まりません。ものの見方や考え方を見直してみるというのも、そうした解決方法のひとつです。私たちは一人ひとりの患者さんと向き合って、一緒に解決方法を探していきます。

例えば、手術で大きな傷が残った顔を気にして、外出を控えるようになった患者さんに対して、傷の状態からは全く必要がないとしても「傷あとに大きな絆創膏を貼る」という提案することもあります。絆創膏を貼っている姿だけでは、がんで手術したのか、ちょっと自転車で転んだのかは周囲にはわかりません。ちらっと見る人はいるでしょうが、注目されて大騒ぎになるようなことはないとわかると安心されます。傷跡を外に見せるのが苦しいのであれば、隠してもいいのです。外見を見られないために家に引きこもるなど、本来の自分とは違う生活をしなければならないと思うと、気持ちも沈みがちになってしまいますからね。もともと社交的な方ならなおさらです。

患者さんを支える家族には、アピアランスケアの観点で何かできることはあるでしょうか?

藤間先生:ご家族の中には患者さんを心配するあまり、先回りしてウィッグや化粧品を準備する方がいます。しかしそれは患者さんに対して、「あなたは今の外見ではいけない」「あなたの今の外見ではおかしいから隠しなさい」というメッセージとして届いてしまい、せっかくの気づかいや心配が逆に患者さんを傷つけてしまう、すれ違いに繋がることがあります。

特に小児の患者さんでは、両親や祖父母が率先してウィッグや帽子をかぶせようとして、それまで脱毛を気にしていなかった患者さんも「脱毛は悪いこと」「恥ずかしいこと」「悲しいこと」だと感じてしまうこともあります。せっかくの心配している気持ちが伝わらないのは切ないですよね。患者さんのご家族には、まずは「どんな外見でも、あなたは私にとって大切な人だよ」「どんな外見でも私たちは気にしないけれど、あなたが気になるなら言ってね」というメッセージをしっかり伝えつつ、患者さんご自身がどのように考えているのか聞いてくださいとお伝えしています。あとはウィッグやネイルなどでケアをした後の姿は、ご本人も周りにどのように見えるか自信がないので、初めて見たときには、例え治療前の姿と違っていたとしても、よいところを見つけてきちんと褒めるようにお願いしています。患者さんの変化を受け入れて、一緒に前を向いていけるといいですね。

「その人らしく生きる」を支える

アピアランスケアを行う目的は、どういうところにあるのでしょうか。

藤間先生:かつては、がん患者さんは外見のことなど気にしている場合ではない、治療に専念しなければ、という時代もありましたが、今は違います。治療の目的は究極的には、患者さんがその人らしく生きるためだという考え方です。それを実現するためにも、必要以上の制限は加えず、その人らしく生きるためのサポートをしようというというのが私たちのスタンスです。よく誤解されるのですが、アピアランスケアは美しくなることが目的ではないのです。

アピアランスケアの場合、介入の入り口は外見です。外見そのものに介入することで解決することもあれば、自分や周囲、社会の捉え方を見直すことで、外見から始まった問題が楽になることもあるわけです。自分の中にある思い込みに気づき、解きほぐしていくことを通じて、外見の変化への対処方法も変わってきます。治療中休職していた方は、会社に復帰する際に脱毛のカバーをどうしようと心配する方が多いのですが、そのような方には「ご自分が元気でいる時に、病気治療で休んでいた人が復帰したとしたら、その人の何が気になりますか?髪型ですか?」と尋ねることがあります。大抵の方は「いや違います」と答えます。そうですよね。休んでいた人が戻ってきてくれたら、髪型よりも「戻ってきてくれてよかった」「仕事はできるのかな、無理していないかな」などと思う方がほとんどですよね、あなたの周りはいかがですか?と尋ねると、はっとされる方がほとんどです。職場は仕事をするところですから、きちんと仕事ができる状態で戻ってきていることを示すことが大切です、とお伝えすると、髪ばかり気にしなくていいんだなと思っていただけます。

日常生活へ戻っていく患者さんに、外見の変化に対処するうえで留意すべき点があれば教えてください。

藤間先生:がんになると、自分らしさや自分の今までの人生を諦めなくてはならないと思う方は多いです。でも、形を変えて自分らしさを表現したり、自分らしい生き方をすることはできます。

藤間先生

自分だけではどうしたらいいかわからない、辛いというときには私たち医療者に相談してください。

藤間先生:一緒に色々な方法を考えていきたいと思います。髪や爪、肌など些細なことと思う方もいるかもしれませんが、外見の変化に自分で対処できれば、それが自信につながります。「できない」「無理」と思っていたことが「できるかも」と思えるようになると、ご自分でいろいろな工夫を考えられるようになります。そうやって一つひとつ日常を取り戻していきながら、自分らしい人生を歩めるといいでしょうし、そのお手伝いができればと思っています。

また、周囲の方との関係でいえば、実は周囲の人たちも、がん患者さんにどう接したらよいのかわからず当惑していることもあります。励ましていいのか、励まさないほうがいいのか?仕事は頼んでいいのか、減らしたほうがいいのか?外見に関してはウィッグなどで新しいビジュアルになったときに、褒めたほうがいいのか、そこに触れないほうがいいのか?などです。周囲の人たちにどう反応してほしいのか、自分の希望を伝えることも大事です。「こんなふうに対応してほしい」と、遠慮せずに言葉や態度で伝えていいのです。もちろん、周囲の方も最初は戸惑うかもしれませんが、コミュニケーションをとりながら、お互いに理解しあっていくことが大切です。

(2019年8月取材)