がんになったあなたにまず考えて欲しいこと


北里大学 集学的がん診療センター 
センター長 佐々木治一郎先生

肺がん患者の会 ワンステップ 
代表 長谷川一男さん

働くことや働き方について、迷いや悩みを抱えるがん患者さんが多くいらっしゃいます。しかし、がんと告げられたショックから、仕事を辞めてしまった場合、その後の治療や生活を続けていくことが難しくなってしまうこともあります。がんになった患者さんが、働くことをどのように考え、向き合っていけばよいのか、多くの患者さんを支援している北里大学集学的がん診療センター センター長の佐々木治一郎先生と、肺がん患者の会ワンステップ代表の長谷川一男さんに、お話を伺いました。(2021年4月公開)

まずは、がんになってすぐ会社を辞めないこと

長谷川:がん患者さんにとって働くことは、生活費を稼ぐ、生きがい、社会的なつながりなど、さまざまな意味をもちます。就労を考える際、まず気をつけていただきたいのは“びっくり離職(がんとわかって、すぐに会社を辞めること)”をしないことです。最近は治療の進歩とともにがんのイメージも変わってきているので、“びっくり離職”は避けていただきたいですね。

佐々木:“びっくり離職”は以前より減りましたが、まだ一部の患者さんは私たちの病院に来る前に離職しています。周囲の方やかかりつけの医師から「治療に専念しなければだめだよ」といわれることもあるようですが、すぐ会社を辞める必要はありません。

長谷川:私も参加させていただいた日本肺癌学会のアンケート調査1)では、“びっくり離職”に当てはまる項目の合計は約15%でした。私の印象では、この数字は低いと思います。肺がん患者さんの働くことへの頑張りを感じました。

佐々木:医療現場でも“がん患者さんの就労”への意識は変わってきています。ただし、医療者側からの「辞めなくてもいいんだよ」という一言は、まだ足りない印象です。

がんなら、仕事やめなきゃ… ←がんの治療も進歩して、就労しながら治療する人もいます!

どうすれば生活の安定を図れるかを考える

長谷川:“びっくり離職”を避けた後のプロセスは人それぞれで、正解はありません。私の考えでは、まず生活の安定を図るべきだと思います。お金が無くなることはがんとはまた別の恐怖ですし、自分自身の思考や可能性を狭めてしまいますが、生活が安定すれば心も落ち着きます。

佐々木:そうですね。就労と生活の安定は違うテーマに見えて、ほぼ表裏一体のものです。私も、「命も大事ですが、お金も大事です」とおっしゃって治療を断念する患者さんを経験しています。例えば、仕事を続けていることで経済的な基盤があれば、私たちから提示する治療選択肢をより広くできます。

長谷川:佐々木先生、補足いただき、ありがとうございます。生活の安定に関する私の考え方はコラム1をご参照ください。

コラム1長谷川さんが考える、びっくり離職を回避するには、生活の安定と治療への納得感を得る

生活の安定について、私なりの考え方を参考までにご紹介します。
月々の収入や資産は人それぞれだと思います。私は、月々の固定費を減らしたうえで、2年間は無収入でも生きていけると計算し、それを“境界線”として設定しました。いわば「無収入生存期間」が2年というわけです。この“境界線”を超えない限りは大丈夫、という意識で生活すると不安が大きく減り、治療に専念できます。治療に専念しながら、だんだん好きなこともできるようになり、好循環が生まれます。このように、生活の安定と仕事を切り離して考えることで、見えるものもあると思います。
さらに、納得したうえで治療をしていくことも重要ですね。生活の安定と納得して受ける治療、この2つを最初に意識すると、先々の道筋が見えてくると思います。(長谷川)

びっくり離職を回避するには、生活の安定と治療への納得感を得る 説明イラスト:がんとわかって、すぐに会社を辞める“びっくり離職”はやめましょう→生活の安定を図りましょう。就労も大切ですが、がん患者さんの収入・預貯金などの資産状況は個々人で違います。長谷川さんの場合…月々固定費を計算して切り詰める。今ある資産でどれくらいの期間を無収入で過ごせるか計算⇒“境界線”を定める。無収入の期間は“境界線”を超えない限り大丈夫と考える。→不安が減り、治療に集中できるようになる+医師と話し合い、納得して治療を受けましょう

日本肺癌学会のアンケート調査で、患者さんと医師とのギャップが明らかに

長谷川:先のアンケート調査1)で「がんの薬物療法と就労を両立するうえで問題になった・なる」という質問で最も多かった回答は、身体的な不調(52.3%)でした(図1)。しかし、薬物療法に際して退職した理由では、第3位に精神的な不調(31.2%)が上がっています。治療と仕事の両立が難しく、緊張の糸が切れてしまう患者さんの姿が想像できます。社会や会社で、がんに対する理解が進むことを願いたいですね。

図1「薬物療法と就労を両立する上で最も問題になった・なると考えること」治療の副作用・病気に伴う身体的な不調…52.3%(150人)職場の理解・協力を得ること…17.4%(50人)通院時間の確保…9.8%(28人)治療の副作用・病気に伴う精神的な不調…5.9%(17人)職場への負担…5.9%(17人)予定外受診や入院の困難さ…2.8%(8人)親族やパートナーへの負担…2.4%(7人)家族の理解・協力を得ること…0.7%(2人)その他・回答なし…2.8%(8人)「薬物療法に際して退職した理由(n=77、複数回答可)」治療の副作用・病気に伴う身体的な不調のため(40人、51.9%)職場に迷惑をかけることを懸念したため(35人、45.5%)治療の副作用・病気に伴う精神的な不調のため(24人、31.2%)通院に必要な時間を確保するため(16人、20.8%)職場から治療・病気を理由として退職を勧められたため(14人、18.2%)経済的に就労を継続しなければならない状況ではなかったため(13人、16.9%)通院や入院に対して職場の理解・協力が十分でなかったため(12人、15.6%)家族・友人から退職を勧められたため(9人、11.7%)医療者から退職を勧められたため(3人、3.9%)

【調査方法】肺がん治療と就労の両立について現状を把握するため、肺がん患者と医師を対象にインターネット上でアンケートを実施し、患者287人と医師381人から回答を得た。

池田慧ほか「患者・医師アンケートから浮き彫りになった、医師主導で行う就労を意識した肺癌マネージメントの重要性」
(「肺癌」第60巻4号、日本肺癌学会、2020年、319頁以下)Figure5 325頁より改変

また、治療開始前の就労に関する話し合いの有無を聞くと、医師は話し合っている、患者さんは話し合っていないと答えた割合が高かったのです(図2)。

図2「患者アンケート」医師または医療者から質問があり、医師を含めて話し合った…22.6%(65人)自分もしくは家族から質問し、医師を含めて話し合った…26.5%(76人)医師以外の医療者(看護師、職員等)のみと話し合った…5.2%(15人)就労状況や希望について医療者と話し合ったことはない…42.9%(123人)回答なし…2.8%(8人)「医師アンケート」全ての患者さんに医療者側から確認している…23.1%(88人)就労している可能性が高い年齢の患者さんについては、医療者側から確認している…46.7%(178人)患者から相談・希望があったときのみ確認している…28.3%(108人)患者側から相談・希望があった場合でも、医療者側から確認・対応はしていない…1.3%(5人)回答なし…0.5%(2人)

【調査方法】肺がん治療と就労の両立について現状を把握するため、肺がん患者と医師を対象にインターネット上でアンケートを実施し、患者287人と医師381人から回答を得た。

池田慧ほか「患者・医師アンケートから浮き彫りになった、医師主導で行う就労を意識した肺癌マネージメントの重要性」
(「肺癌」第60巻4号、日本肺癌学会、2020年、319頁以下)Figure3・4 324頁より改変
・本著作物は日本肺癌学会が作成及び発行したものであり、本著作物の内容に関する質問、問い合わせ等は日本肺癌学会にご連絡ください。
・中外製薬株式会社は日本肺癌学会から許諾を得て、本著作物を作成し使用しています。

そして、治療と仕事との両立のため、患者さんが希望することの1位は「就労について相談する機会の増加」(36.9%)でした。

佐々木:医師への設問は「どの程度確認しているか」でしたので、「働いていますか?」といった確認はしているのでしょう。しかし、患者さんが本当に求めていること(例えば、治療が労働に及ぼす影響など)に向き合うことまではしていないのかな、と想像します。医師側は、就労についての対話時間を設けるなどして、気軽に話せる環境をつくることが大切だと思います。
仕事が生きがいの方は、仕事について本当に楽しそうに話しますね。話す場所があり、実際に話すことで心理ストレスの緩和につながることがありますが、精神的な不調で退職する割合が高くなる(図1)のは、その意味でのストレス発散の場がなかったのかもしれません。

1) 池田慧ほか. 肺癌. 2020; 60(4): 319-329

就労に関する相談は、話しやすい人であれば誰にしてもOK

佐々木:患者さんとそのご家族、周囲の方の中には、「医療者に就労の話をしてよいのか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、「もちろん、言ってください」とお伝えしたいですね。ただ、「医師には話しにくい」ということもあるでしょう。その場合は、話しやすい人に一声かけてください。看護師、薬剤師、事務スタッフなど、誰でもかまいません。かけてくださった一声が、患者さんの情報として関係者の間で共有されていきます。

長谷川:患者さんを支えようと思って下さる医療者の方々は、本当にたくさんいらっしゃいます。ひとつ質問したら、アドバイスが10倍になって返ってくることもあって驚かされます。まずは一言、患者さん側から伝えてほしいですね。患者団体も患者さんを支える立場でいたいと思っています。なお、就労を考える際などに気をつけていただきたいネガティブ思考とその打破についてはコラム2をご参照ください。

コラム2患者さんが陥りやすいネガティブ思考を打ち破るには

環境に働きかけて環境が変わることを期待して待つのではなく、自分自身が今やれることをやり、問題に立ち向かって解決することを、私はいつも考えて活動しています。その際に気をつけていただきたいのが“負のループ”です。
まず、がんになると「自分の人生は大したことがなかった」という思いに襲われる瞬間があるかもしれません。大したことない、なんてことはありません。この思いは否定してください。
次に、「なぜ私ががんになったのか」「なぜ私だけなのか」という“Why思考”に襲われます。しかし、これはWhyをHow(どのように)へと考えを変えるとよいでしょう。すると自分から動けるようになり、好循環が生まれやすくなります。
好循環ができてきたら、自分のよいところを言葉にしてください。ふだんやり慣れていないかもしれませんが、無理にでもやってください。よいところを見つけると、それまでは大したことないと思っていた自分の過去が、今の自分を応援していて、自分もまた新しいチャレンジができると思える、そんな瞬間が巡ってきます。(長谷川)

【佐々木先生より】
かつて私は、患者さんに「自分らしく生きてください」と、訳知り顔で伝えていた時期がありました。しかし、ある患者さんに「その日を一生懸命生きているのだから、自分らしさなんて考える余裕はありません」といわれ、確かにその通りだと思い直しました。
今は、自分らしさとは目指すものではなく、振り返ったときに「自分らしかった」と思えることだと考えています。医療者側も、治療選択肢をできるだけ多く提示し、患者さんが納得して後悔がない治療を選んでいただく手助けをする。そうすることで、振り返ったときに患者さんが「よかったな」と思えること、それが自分らしさになるのだと思います。
がんになると、自分を認めるのが難しくなります。医療者側としては、患者さんに対して今のあなたは「最良の選択をしている」という言葉を伝えることが大切だと感じています。

がん相談支援センターの敷居が高いときも、まずは言いやすい人に一声を

佐々木:相談場所として、がん診療連携拠点病院のがん相談支援センターがあります。医療者側ががん相談支援センターにつなぐ・活用する意識を持つことが大事です。
患者さんにとっては、がん相談支援センターの「知っているけども行きにくい」という敷居の高さが問題ですが、その敷居を一気に下げる方法として、先ほど申し上げた「話しやすい医療者に一言いっていただく」ことをお勧めします。一言伝えるだけで、センターの利用も含めて多方面につながっていきます。相談場所ですから、話すことでストレスも和らぐ場になるかもしれません。

長谷川:実際、がん相談支援センターに行っていろいろ教えてもらったと話す患者さんもいます。「聞きたいことを聞こう」という意志をもって一声かけるのがよいと思います。

佐々木:患者さんは、診察時に医師の前であらゆるものを見せているわけですから、気になること、困りごとも遠慮せず口に出していただきたいと思います。それが無理でも、言いやすい医療者を捕まえて、一言伝えるだけで就労支援につながると思います。ぜひあきらめずに一声かけてみてください。