【企業の方向け】従業員ががんに罹患したら
企業が治療と仕事の両立支援を行うことのメリット

近年、世界的に、持続可能な開発目標(SDGs)を企業活動に取り入れるようになっています。治療と仕事の両立支援は、SDGsのうち特に「健康と福祉」に関連しています。労働者の健康と幸福を促進することは、SDGsを達成するうえで重要な要素です。労働者が病気を持ちながらも、自分の能力に応じて働き続けられる環境を整備することは、労働力の維持につながります。また、健康な労働者にとっても、病気を持ちながらも役割を持って働いている労働者の存在を通じて、将来も安心して働ける会社であることを実感できるでしょう。安心、安全な環境で働ける労働者は、そうでない労働者と比較して、仕事に対するモチベーションや組織に対するコミットメント、ひいてはイノベーションが高まることは容易に想像ができるでしょう。
経済産業省によると、「健康経営」とは、労働者等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです1)。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、労働者の活力向上や生産性向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上につながると期待されます。また、健康経営は、「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みのひとつと位置付けられています。そして、治療と仕事の両立支援は、健康経営を実践するうえでの重要な取り組みです。健康経営を評価するための調査票の中には、「私病等を持つ従業員への復職支援、就業と治療の両立支援としてどのような取り組みを行っていますか」という項目があり、「私病等を持つ従業員への復職支援に関する取り組み」や「私病等を持つ従業員への就業と治療の両立支援に関する取り組み」の実践が求められています。
少子高齢化が急速に進み労働力不足が恒常化している今日、競争の激しい現代のビジネス環境では、多くの企業において優秀な人材を確保することは経営上の優先課題となっています。そのような環境下において、能力のある労働者が、病気に罹患したことを理由に退職をしてしまうことは大きな損失です。「人材」を「人財」と表記したり、人的資本投資への関心が高まったりするなど、優秀な人材を確保するために人を大切にする経営を実践することの重要性がますます高まる中で、治療と仕事の両立支援を提供する企業は、治療を受けながら働く労働者のニーズに配慮し、能力重視の経営をして、本当の意味で「人材」を「人財」と位置付けた経営を実践していることを示すことになります。このような実践は、企業に優れた人材を引きつけるだけでなく、人材の定着率を高めることにもつながります。
企業が人材に対する投資や働きやすい環境づくりにどれだけ取り組んでいるかを開示する取り組みを人的資本開示といいます。治療と仕事の両立支援を積極的に行う企業は、病気に罹患した労働者の働きやすい環境づくりに取り組んでいるため、人的資本の向上をもたらす人的資本投資の実践者として評価されます。これにより、企業は社会的責任を果たすとともに、投資家や労働者を含めたステークホルダーに対して人的資本を有効に活用していることを示すことができます。
このように、近年関心が高まっているSDGs、健康経営、人的資本投資等の言葉と関連付けて、治療と仕事の両立支援を行うことのメリットを説明しましたが、一番のメリットは、一人ひとりの労働者が安心して働ける環境が提供できるということです。効果的な治療と仕事の両立支援を実践するために、まずは、労働者目線を忘れずに取り組みを進めましょう。
企業側で対応できるようになるために知っておくこと・準備すること

事業者が、治療と仕事の両立支援を実践するためには、まずは、厚生労働省から公開されている「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(以下、ガイドライン)に目を通しましょう。ガイドラインには、治療と仕事の両立支援を実施する主体が事業者であることが明記されています。そのことを認識したうえで、次に事業者がなすべきことは、労働者が罹患した際に、そのことを安心して申し出ることができる職場環境を醸成することです。
労働者の中には、罹患をしたことを申し出ると、将来のキャリアで不利な取扱いを受けるのではないか、退職をさせられてしまうのではないか、といった心配をして、罹患したことを申し出ず、受けるべき配慮を受けることをせずに、ぎりぎりの体調で働く方もいます。そのような心配をせずに申し出しやすい職場環境の醸成のためには、まずは経営者や幹部の意思表示、本気で取り組む姿勢が重要です。そのうえで、治療と仕事の両立支援のためのルールを設けたり、研修を行ったりすると良いでしょう。
また、治療と仕事の両立支援を罹患した労働者に提供する際には、周囲の労働者の気持ちにも配慮しましょう。お互いさまの職場風土が醸成されていない職場では、配慮を受ける労働者がいることが自分の負担に感じてしまう労働者もいます。
治療と仕事の両立を申し出たがんに罹患した労働者に対する対応方法

まずは、当事者の話を、本人目線で時間をかけてしっかり聴くようにしましょう。多くの人にとって、病気の状態の自分の仕事への影響を考えることは初めてで、慣れないためにうまく説明できないことが多いです。人は自分の言葉で話をすればするほど、思考が整理されていきます。当事者は、自分の人生にとって仕事とは何か、治療は仕事にどのように影響するのか、上司や同僚には病気のことをどのように伝えるか、会社にどのような制度があるのか、考えなければならないことが多くあります。また、何に困っているのかは当事者にしか分かりませんが、告知直後は何に困っているかもわかっていない場合もあります。
一方で、周囲が勝手な思い込みで行う配慮は的外れなことが多いことにも留意しましょう。当事者と会社側とのコミュニケーションエラーが生じるのは、双方が拙速に対応を進めようとするときです。そのようなコミュニケーションエラーが生じないように丁寧なコミュニケーションを心がけるようにしましょう。私たちの研究チームが作成した治療と仕事の両立支援に関するウェブサイト「治療サポ」には、丁寧なコミュニケーションを取るためのツールが掲載をされていますので、ぜひご活用ください。
次に、当事者の状況を理解したうえで、会社として提供できる配慮を検討することになります。まずは、当事者から主治医に勤務情報を提供することにより、主治医から就業上配慮すべき情報を意見書として得た情報がもとになります。提供する勤務情報を検討する際にも、会社と当事者とでよく話し合いましょう。会社として提供できる配慮を検討する際には、会社には「配慮」と「特別扱い」を混同しないようにすることが求められます。当事者に提供する配慮は、就業規則に基づいて、当事者が能力を発揮できるものにしましょう。その際に、当事者の周囲の同僚の気持ちにも配慮し、同僚が不公平に感じないようにしましょう。周囲の同僚も納得する配慮を提供することが持続可能な、当事者が安心して受けられる配慮につながりますし、事業者は、周囲の同僚の納得が得られるように、当事者とだけではなく、周囲の同僚とも丁寧なコミュニケーションを心がけましょう。
がんの治療を受けられるような医療機関には必ず患者相談窓口があります。当事者の体調のことなど、仕事をさせるうえで心配なことがあれば、当事者を通じて、または、社内の担当者が当事者と一緒に直接出向いて、仕事上の心配事について相談をしましょう。
具体的に会社が取り組むことはどんなことか?
では何から取り組めばいいのかと、悩まれると思います。その解決のために、具体的な事例を参考にしながら、自分の会社でできる取り組み、できない取り組みを考えてみましょう。具体的な事例については、先ほど紹介したガイドラインにがんの事例も含めてたくさん紹介されています。また、実際に、事例を見ても対応に悩む場合には、産業保健総合支援センターを活用するとよいでしょう。産業医、保健師、社会保険労務士、医療ソーシャルワーカー等のさまざまな専門家が無料で相談に乗ってくれます。
最後に
治療と仕事の両立支援を企業内で進めるために不可欠なことは、当事者と企業の双方の思いやりです。ここではそのための具体的な実践例を紹介しました。本コラムが、治療と仕事の両立支援の好事例、成功事例、病気を持ちながらも自分の能力を活かして充実して働ける環境の労働者への提供につながることを願っています。
参考:1) 経済産業省:健康経営(2023年7月19日閲覧)
(2023年9月公開)