抗がん剤治療中に職場復帰をした後の体調管理およびフォローアップ

はじめに

職場復帰をする際には、病勢が悪化しないように主治医から復職意見書を職場に提出し、就業上の配慮を受けることになります。一般的には、就業上の配慮には期限があり、期限が近づくごとに専門家(産業医や主治医など)が本人の体調を確認のうえ、意見を出して配慮を見直し、更新・変更していきます。職場復帰直後には、多くの職場では、本人が治療などで大変な状況にあると思っていますので、業務量を減らしたり、適宜声掛けをしたりして手厚い対応がされるものです。しかし、一緒に働いているなかで、本人がふつうに働くことができる姿を周囲が見ているうちに、ついついもっとできるだろうと予定よりも早いペースで本来の業務に戻っていく(戻される)ことも多いのではないかと思います。ここでは、職場復帰後の体調管理やフォローアップ、特に抗がん剤治療中の職場復帰について触れていきます。

職場復帰後

仕事面での変化

多くの場合、原職へ復帰し、休む前に引き継いだ仕事が戻ってきます。休む前と状況が変わっていますので、その確認・整理をすることがまず必要です。休んでいる期間が長ければ長いほど状況が変わっていますので、把握することに時間と労力がかかるでしょう。様々な案件を同時並行で進めていくことが求められますので、ちょっとしたマルチタスクの状態といえるでしょう。新入職者がたくさんの情報を処理できず不適応を起こしやすいのと同じように、職場復帰直後は不適応を起こしやすい時期といえますので、注意しましょう。

自部署の人たちに対して、休職から職場復帰したことを報告することも必要です。また、他部署との接点がある職種や、事業場外との接点がある職種などでは、自部署の人たち以外にも復帰を報告する必要があります。とっさに説明しようとすると、なかなかうまくいかないものです。自分の周辺の人たちに「休んでいたことをどのように説明するか」について、事前にシミュレーションしておくといいでしょう。何らかの配慮を受ける場合は、情報開示が必要になることがほとんどです。どのような情報をどの範囲まで共有するか、事前に決めておきましょう。また、多くの同僚や関係者は支援的であると思いますが、支援的すぎると本人にとってはかえって苦しかったり、優しい言葉を素直に受け止めることができなかったりすることもあります。

支援が過度となってしまう例

  • 上司が、大病の治療後で大変だろうと思い、気を利かせて業務量の少ない部門に配置転換したが、本人は戦力外にされたと思い落ち込む
  • 同僚が、業務負担を減らそうと気を利かせたつもりで、本人が復帰後も顧客を担当し続けたため、顧客を奪われたと感じてしまう

本人がやるべきこと

本人が職場復帰にあたってやるべきことは、自身にできること、できないことを整理することです。そのうえで、初期の就業配慮を決めてもらい、経時的に自身で体調をチェックし、改善しているときには就業配慮を徐々に緩和してもらい、悪化しているときには速やかに上司に報告し、業務内容や配慮内容の見直しを検討してもらうことが重要です。突然がんに罹患して、ただでさえ気分の落ち込みがあるところに、身の回りで起こる仕事上のいろいろな出来事を消化できなければ、不安が募りがちです。復帰後に、遠慮していたり言い出しにくかったりで、コミュニケーションがうまくいかず、体調を崩すケースはよく見られます。信頼できる職場の上司(または産業保健スタッフ)に、本音で自分の状況を伝えることが必要です。従って、自分の体調について、しっかりとモニタリングし、必要な情報を説明・相談できるようになることは、仕事をするうえで大事な要素です。

職場で望まれる対応

職場がやるべきことは、過不足のない配慮です。そのためには、本人の希望を聞くしかありません。症状の出方や仕事で貢献したいことについての考え方は人それぞれです。配慮は多すぎても少なすぎても本人や職場の同僚に影響が出ます。特に、業務量を減らすという配慮は、長期的に続くとほかの人の業務量が増え、当事者以外の不平不満につながりかねません。就業配慮をする側は、この点を念頭に置いておくことが必要です。両立支援は個別性を重視して対応することが求められます。職場復帰の初期には、一般論としては業務上の成果よりも体調面を優先することが望まれます。体調が悪化し再休職せざるを得ないことになったら、結果的にチームとしての生産性が下がるからです。従って、本人へ要求する業務量について、長期的なゴールと短期的なゴールを本人と相談し合意しながら決めていくことが望ましい形です。具体的にはのように、先に長期的なゴールを定めたうえで、段階的に業務量を増やしていきます。こうした職場復帰プランを作成することで、お互いのやるべきことがはっきりします。職場復帰プランは一度作成したら終わりではなく、プランを柔軟に見直しながら戦力として働いてもらうための算段も必要です。また、本人へ要求する業務量を事前に示すことなく「仕事ができていない」と断じることは、後出しじゃんけんにほかなりません。その時々で求めていることを明確に示すことが求められます。

職場復帰プランのイメージ

就業配慮期間は企業によって6か月~1年程度です。復職面談後、復職をした時点で業務量について仮の長期的なゴールを決めます。復職後の面談では、病態の評価や初期業務量を決定。その後は長期的なゴールに向け、定期的に面談を行い、業務量を少しずつ増やしていきながら短期的なゴールを設定していきます。業務量は、10%を超えない範囲で段階的に増やしていくことが理想です。職場復帰のキモは、適切なゴール設定とプロセス評価です。これには上司のマネジメント力が重要になります。

抗がん剤治療中や放射線療法中に職場復帰する場合

抗がん剤治療中や放射線療法中で職場復帰するケースも最近は増えてきました。抗がん剤治療中は、吐き気、だるさ、疲労感、しびれなどの副作用が仕事に何らかの影響を与えますし、放射線療法中は毎日照射することが多いので、短時間勤務などの対応が必要になります。つまり、考えなければならない軸が前節で触れたことよりも増えることになります。それに伴い、仕事や生活のマルチタスク度も高まります。抗がん剤は多くの場合、治療後2~3日が最もきつい状況となります。この日を休んだ場合には、休んだ後にそのぶんの仕事をする必要があります。つまり、仕事の量は一定ではなく、治療のペースに合わせて波が出てくることになるのです。また、仕事の納期も、週締め、月締めの仕事があればその周期がずれてきて、うまく調整できなくなることもしばしばあります。

本人がやるべきこと、職場がやるべきことは前節で触れたことと同じですが、治療中に職場復帰する場合は、より細かいコミュニケーションや調整が必要になります。治療中は納期の長い仕事のほうが、調整が付けやすく好ましい傾向があります。

(2021年12月更新)

<執筆者>
立石 清一郎(たていし せいいちろう)先生

執筆者プロフィール
産業医科大学 産業生態科学研究所 教授
産業医科大学病院 就学・就労支援センター副センター長

所属学会

博士(医学)、労働衛生コンサルタント(保健衛生) 、日本産業衛生学会専門医・指導医
日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医

ご略歴

平成12年6月 河北総合病院 臨床研修医
平成15年5月 鹿児島県労働基準協会 鹿児島労働衛生センター 医師
平成18年4月 鹿児島県厚生連農業協同組合連合会 厚生連健康管理センター
平成21年10月 産業医科大学 産業医実務研修センター 助教
平成25年4月 産業医科大学 産業医実務研修センター 講師
平成29年4月 産業医科大学 保健センター 副センター長(講師)
平成29年8月 産業医科大学 保健センター 副センター長(准教授)
平成30年1月 産業医科大学病院 両立支援科 診療科長(併任)
平成30年1月 産業医科大学病院 就学・就労支援センター 副センター長(併任)
令和3年12月 産業医科大学 産業生態科学研究所 教授、産業医科大学病院 就学・就労支援センター副センター長

研究テーマ・活動

病者の就業支援、産業医科大学福島第一原発支援チーム事務局、企業の危機管理