がんに罹患しても就労継続を!

はじめに

がんというと、これまで診断や治療のことばかりが取り上げられてきていました。しかし、がんに罹患することは、治療による身体的負担ばかりではなく、心理的な落ち込みが見られたり、就労などの社会生活に影響が見られたり、生き方そのものを見直すきっかけになったり、多方面に影響を及ぼすことも注目されてきています。そのような状況にある患者が「がんと共生」できるような社会の実現を目指した取り組みが進んできています。ここでは、がん患者の就労という点に着目して、総論的な解説を進めていきます。

突然の診断、治療をとるか、就労継続をとるか・・・

がんと診断されるときに、「自分がそのタイミングでがんと診断される」と想定している患者がどれくらいいるでしょうか?ほとんどの場合、診断されることは予想もしていなかったことで、これまでの日常が突然、非日常の治療中心の生活に引きずり込まれてしまいます。がんに罹患したことで悲嘆し、人によっては仕事どころではなくなってしまい、なんとなく仕事を辞めてしまうこともあります。また、医療者によっては「仕事と治療とどちらが大事なのか」というような問いかけをすることで、患者に仕事を辞めて治療に専念するよう促すようなケースも過去には多くありました。

治療と就労継続の両方を選択する時代に

しかし、冷静に考えてみてください。がんは治療成績が向上し、長期生存が見込めたり、治ったりするケースが大変増えてきています。つまり、治療をするときには”非日常“であったとしても、多くのケースでまた”日常“に戻るわけです。もともと就労していた人にとって、仕事がなくなった状況というのは本来の日常といえるでしょうか?

仕事(家事労働を含む)というのはただ単に収入を得るためだけのものではなく、やりがいであったり、自己実現であったり、社会との繋がりであったり、社会貢献であったり、社会生活を営むうえで大変重要な、意味のある行為であると言えます。また、治療費の負担は大変重くなります。仕事がない状況は一時的には何とかなったとしても、長い間続いたら家計の大きな負担となり、仕事以外の日常生活にも影響が出てきかねません。一度仕事を辞めてしまったら、その仕事に戻ることも容易ではありません。したがって、仕事を継続中の場合、まずはその仕事に残りながら治療を継続することを標準として考えておくこと、標準を定めたうえで、仕事を続けることのメリット、デメリットなどを吟味し、自らの方向性を選択することをお勧めします。十分な評価ができた後に、やはり仕事を辞めて治療に専念する、という選択ももちろんあっても構いません。大事なことは「一時的なパニックになって思慮せず慌てて辞めない」ということです。

ひとりで悩まず支援を求めて

しかし、ほとんどの患者にとって、がんに罹患するという経験は人生で初めてのことでしょうから、不安でいっぱいで自ら考えることができなくなっているのではないかと思います。そんな時は支援者に頼るとよいでしょう。支援者は、医療機関には医師・看護師・社会福祉士(ソーシャルワーカー)・がん相談支援センター、地域には家族・患者会、会社には上司・人事・産業医・産業看護職など様々な立場の人がいます。それぞれ役割が違うので、状況に応じて支援者を変える必要があります。自分の悩みごとに支援を求めるために、どの支援者が適切かわからないケースもあると思います。そういった時にはまずはがん相談支援センターに相談してみるとよいでしょう。

困りごとの種類はどのようなものがあるか

筆者らは、復職した患者さんたちの困りごとについてヒアリングをし、困りごとを類型化した研究を行いました。大きなカテゴリーに分けると、困りごとは以下の10個のパターンに絞られました。自身の困りごとを見つめ直す時の参考にできます。詳細は産業医科大学・産業医実務研修センターのホームページ「両立支援 10の質問」(http://ohtc.med.uoeh-u.ac.jp/ryouritsu/wp-content/uploads/2017/06/h26_28_81103_q10.pdf別ウィンドウで開きます。PDFで開きます、2021年12月閲覧)をご覧ください。

復職したがん患者さんの
困りごとのパターン10

  1. 業務遂行能力の低下
  2. 心理的影響
  3. 本人背景
  4. 自助努力
  5. 職場背景
  6. 職場の受け入れ
  7. 職場の適正配置
  8. 社会・家族背景
  9. 職場と医療の連携
  10. 情報獲得

ここでは特に、ある程度自身でケアすることも必要になる、「2. 心理的影響」について解説します。本研究において、心理的影響を及ぼすサブカテゴリーとして抽出されたものは以下の4つです。

心理的影響を及ぼすサブカテゴリー

  1. 疾患に対する受容
  2. 障害者として社会からとらえられることへの不安
  3. 職を失うかもしれない不安
  4. 要求される業務ができるかどうかの不安

疾患の受容は簡単ではなく、どうしても時間のかかるものです。時間とともに徐々に受け入れる方も多くいますが、同様の体験をしている患者との話が解決に結びついたという意見も得られました。ほかの不安は対人関係・対会社関係のように相手がいる課題になります。これらは自身の努力だけではどうにもならないところもありますが、自分自身の状況を把握し周囲に的確に説明できる力=患者力を高めることは効果があります。適切な支援者がいることにより、患者力を高めることが重要です。あくまでも患者本人が主人公であるということを忘れないようにしてください。仕事をするのも職場で配慮を勝ち取るのも、すべて本人が重要なキーパーソンです。支援者が代わりに仕事をしてくれたり、代理人のように職場に強く配慮の要求をしたりすることを期待してはいけません。逆に、支援者が勇み足でなんでも対応すると、患者本人が自ら考えることを止めてしまい支援者に依存的になり、時に患者本人が本当に求めていた状況と乖離することも発生しえます。

すでに仕事を辞めてしまった方へ

一方で、すでに仕事を辞めてしまった方もいるかもしれません。辞めたことはすでに過去のことですので、あまり考えすぎても仕方がありません。がん拠点病院などに出張ハローワークサービスを行っているケースもありますので、がん相談支援センターに相談してみるとよいでしょう。近年では、がんに罹患した患者であっても積極的に採用する企業も増えてきています。むしろ、がんに罹患しただけで採用を断るような企業は、コンプライアンスに問題がある可能性もありますので、逆に自身が企業を選別する立場として見るのもよいかもしれません。

おわりに

みなさん、決して忘れないでください。がんに罹患しても治療が終われば、日常に戻っていくのです。その時に後悔しない選択をすることが重要です。一時的に困ったことが多く出てきても周囲に支援者はたくさんいます。まずは、「思い付きで辞めない」ということを心にとめていただければと思います。

(2021年12月更新)

<執筆者>
立石 清一郎(たていし せいいちろう)先生

執筆者プロフィール
産業医科大学 産業生態科学研究所 教授
産業医科大学病院 就学・就労支援センター副センター長

所属学会

博士(医学)、労働衛生コンサルタント(保健衛生) 、日本産業衛生学会専門医・指導医
日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医

ご略歴

平成12年6月 河北総合病院 臨床研修医
平成15年5月 鹿児島県労働基準協会 鹿児島労働衛生センター 医師
平成18年4月 鹿児島県厚生連農業協同組合連合会 厚生連健康管理センター
平成21年10月 産業医科大学 産業医実務研修センター 助教
平成25年4月 産業医科大学 産業医実務研修センター 講師
平成29年4月 産業医科大学 保健センター 副センター長(講師)
平成29年8月 産業医科大学 保健センター 副センター長(准教授)
平成30年1月 産業医科大学病院 両立支援科 診療科長(併任)
平成30年1月 産業医科大学病院 就学・就労支援センター 副センター長(併任)
令和3年12月 産業医科大学 産業生態科学研究所 教授、産業医科大学病院 就学・就労支援センター副センター長

書 籍

産業医の立場からの就労支援.豊永敏弘編、症例に見る脳卒中の復職支援とリハシステム、p.94-96、労働者健康福祉機構、2011
農業従事者の産業保健.森晃爾編、産業保健ハンドブック、p.380、 南山堂、2013
がん患者の就業支援.森晃爾編、働く人の健康状態の評価と就業措置・支援、p.112-131、労働調査会、2013
法定外項目.森口次郎・山瀧一編集、産業保健ストラテジーシリーズ 第2巻健康診断ストラテジー、p.116-136、バイオコミュニケーションズ株式会社、2014
災害発生に備えた準備.森晃爾編、災害産業保健入門 産業保健ハンドブック(7)、p.37-46、労働調査会、2016

研究テーマ・活動

病者の就業支援、産業医科大学福島第一原発支援チーム事務局、企業の危機管理