従業員だけでなく、ビジネスパートナーにも「がん共生プログラム」を展開。ポーラが実践する、がんに罹患しても安心して働ける環境づくり
1929年に創業し、90年にわたって化粧品の製造・販売を手がけてきた株式会社ポーラ。同社では、2018年4月から「がん共生プログラム」をスタートさせています。本プログラムではさまざまな支援制度を設け、その制度は自社の従業員の約1,600名だけでなく、約4万人にのぼるビジネスパートナー(※1)にも適用されています。また、ポーラならではの視点から、がん患者を支えるボランティア活動も精力的に行っています。それらの取り組みは社外から高い評価を受け、「がんアライアワード2019」(※2)でゴールドを受賞、「がん対策推進企業アクション」(※3)ではがん対策推進パートナー賞の受賞などにつながっています。今回は「がん共生プログラム」の企画や運営に携わる中心メンバーの方々に、プログラムについてお話を伺いました。(2019年11月取材)
1「ビジネスパートナー」……ポーラが商品販売などの委託販売契約を結ぶビューティーディレクターやショップオーナーのこと。従業員ではなく、個人事業主として業務を行っている。
2「がんアライアワード」……がん患者が治療をしながらいきいきと働ける職場や社会を目指して創設されたアワード。
https://www.gan-ally-bu.com/report/2164(2019年12月12日閲覧)
3「がん対策推進企業アクション」……厚生労働省の委託を受け、職域におけるがん検診受診率向上を企業連携で推進していく国家プロジェクト。
https://www.gankenshin50.mhlw.go.jp/index.html(2019年12月12日閲覧)
お話しを伺った方々
株式会社ポーラ 人事戦略部 ワーキングイノベーションチーム マネージャー 古越 英治さん(左)
株式会社ポーラ 経営企画部 CSR・コーポレートチーム マネージャー 齋藤 明子さん(中央)
株式会社ポーラ TB(トータルビューティー)事業企画部 事業企画チーム 佐藤 啓太さん(右)
(所属・肩書は取材時のものです)
1929年創業。スキンケア・メークブランドの展開、エステサービスなど、お客さまの求める「美」と「健康」をさまざまな角度よりサポートし、国内外で事業を展開。
ひとつの出会いがもたらした、がん共生プログラムの誕生
2018年にスタートした「がん共生プログラム」ですが、そのキッカケはがんで余命宣告を受けたショップオーナーさんと横手喜一前社長との出会いであったと聞いています。
齋藤さん:2016年に横手が社長に就任したことを機に、全国にあるポーラの店舗を視察することになりました。そのとき、ある地方でがん患者さんを対象にボランティア活動を行っている、一人のショップオーナーさんと出会いました。その方は、かつて乳がんを患い余命宣告も受けたそうなのですが、治療が功を奏し、その後復職されました。がんサバイバーである彼女は、美容のスペシャリストであるビューティーディレクターとしての経験を活かして、がん患者向けのボランティアに取り組まれていたのです。
その姿に横手が共感し、「是非、話を聞いてきてほしい」という命を受け、彼女にお会いすることになりました。お話を伺い、入院中のがん患者さん向けに「ハンドトリートメント」を行うボランティア活動に取り組んでいることを知りました。まさにその活動が、 ポーラが大事にしている“お客様にどう寄り添うか”、“自分らしく生きるとは”を体現していると感じ、とても感動したことを覚えています。
医師などが行う処置を“手当て”と言いますが、手から伝わる気持ちや感情は確かに存在します。ほんの15分ほどのハンドトリートメントであっても、病気で落ち込んでいる方の心をほぐす力を持っているのです。このような関わりを通して、トリートメントを行っているショップオーナー自身も「自分の仕事には価値がある」と再認識することができたといいます。病気の治療とはまた異なる、ポーラらしい美容を通じたがん患者さんへのサポートになっていると思いました。
この経験を通して私たちも「社内のがんに関わる制度を見直すべきだ」と感じ、がんを学び始めました。すると、女性のがん罹患率が就業世代で高いことが分かってきました。当社はビジネスパートナーのほとんど、従業員は7割以上が女性です。そこで真剣に制度の見直しに取り組むことを決め、2018年4月から「がん共生プログラム」をスタートさせたのです。
がんに対する理解を深めることで、安心して働ける制度の充実を目指す
どのように「がん共生プログラム」を立ち上げていったのか、お聞かせください。
齋藤さん:まず、ポーラとして何をすべきかを経営層と考えました。最初はがんに関するリテラシーも低く、学ばなければならないことが多くありました。議論を重ねるうちに、“がんは死ぬ病気ではなく、共に歩む病気”であるということに気が付いたのです。そして、『「がんと共に生きる」すべての人が、かけがえのない存在として認め合う社会を目指す』ためにどのようなプログラムが最適であるかを討議したところ、3つのテーマが掲げられました。それが、「がんに対する理解を深める」、「安心してがんと向き合う」、「経験を大切に学ぶ」です。
これらのテーマの中で最もポーラのオリジナリティが発揮されているのが、「経験を大切に学ぶ」ではないでしょうか。がんを経験した方でなければ、がん患者さんがどんなサポートが欲しいか、治療後にどう生きていきたいかなどについて深く理解することができません。経験者でないと分からない部分に価値があり、その部分を学ぶべきだと話し合いました。
そこで、ポーラ内で「がんの経験をお持ちの方は、その経験をシェアしてください」と呼びかけました。すると、「私の経験を伝えたい」とたくさんの方からお話を聞くことができたのです。そういった学びの中から、がん患者さんをサポートする制度を考えていきました。
「がん共生プログラム」は、どのように周知させているのでしょうか。
齋藤さん:当社は従業員のほか、ビューティーディレクターさんやショップオーナーさんといったビジネスパートナーがいます。従業員、ビジネスパートナーの全員に、がんに関する基礎知識や、がんと向き合う仲間の活躍とともにサポート制度のしくみを紹介した冊子「がん共生プログラムブック」を配布しています。
従業員の方々に対しては、どのようなサポート制度があるのでしょうか。
古越さん:がんと共に生きるうえで、“自分らしく働く”をどのように実現していくべきか、正しい理解を得るために従業員にヒアリングを行いました。すると、がん以外の病気でも治療と就労の両立で苦労していることが分かってきました。
その中で生まれたのが、傷病時の時短勤務を最短4時間から選べる制度です。さらに、働きながら無理なく通院するために、有給休暇を1時間単位で取得できるように制度を整えました。2019年には、傷病休職者に対しても有給休暇を付与するようにしました。つまり当社では、法律上は出勤日数が足りない従業員にも有給休暇を付与し、復職直後から使用できるようにしています。その他にも、どこでもワーク(テレワーク)(※4)や、病気でやむなく退職した方が当社で再び働けるように、カムバック制度(※5)も新たに導入しました。
4「どこでもワーク」……週に2日まで、オフィス以外での就業を可能とする制度。
5「カムバック制度」……疾病による退職後、最大2年間まで退職時と同様の社員区分にて再入社を可能とする制度。
ビジネスパートナー向けのサポート制度は、どのようなものがありますか?
佐藤さん:ビジネスパートナーは個人事業主であるため、雇用形態が従業員とは異なります。そこで、彼女たちにフィットした制度づくりを目指し、「ビューティーディレクター資格・オーナー/マネージャー手当保証制度」を設けました。ビジネスパートナーは直近の販売実績で収入体系が決まるため、がん治療などで販売活動を中断した場合、収入基盤が低い状態で活動を再開することになってしまいます。そこで、彼女たちが安心してがんの治療を受け仕事に復帰しやすい環境を整えるため、最長24か月の資格・手当保証制度を設け、治療開始前の資格・手当を維持したまま販売活動を再開できるようにしました。
また、従業員は健康保険組合から健康診断やがん検診が案内され、健康診断を受けますが、ビジネスパートナーの場合は健康保険組合の加入対象ではなく、健康診断の受診が自主性に委ねられており、受診率が下がりがちです。がんの早期発見につなげるための健康診断受診率の向上を目指し、当社でグランドオーナーと呼んでいる月商1000万以上の組織のリーダークラスには、人間ドック相当の健康診断の費用を全額会社負担にすることや、がん検診の一部を補助する制度を盛り込みました。こうした取り組みを個人事業主であるビジネスパートナーにまで拡充している点は、珍しいケースとして評価していただいています。
ビジネスパートナーに対しても手厚い制度を設けているのですね。
佐藤さん:ポーラは90年という長い歴史を、ビジネスパートナーと共に歩んできました。そのため、私たちは常に「彼女たちに対して何かできることはないか」を考えており、ビジネスパートナーのために制度を整えることは、当然だと思っています。
プログラムを推進して、従業員やビジネスパートナーから反響はありましたか?実際の声などあれば教えてください。
古越さん:従業員に好評なのは時間単位の有給休暇制度です。この制度は疾病の有無にかかわらず全従業員が利用できますので、がんだけでなく他の病気で通院が必要な従業員や、子どもの学校行事などに参加する子育て世代の従業員にも大変喜ばれています。
佐藤さん:ビジネスパートナーの方からは、「資格保証制度があることで安心して治療にも集中できる」といった声を頂いています。また、ビジネスパートナーに対して、がんのリテラシー向上に努めてきた結果、リレー・フォー・ライフ(※6)への参加者も増えています。
6「リレー・フォー・ライフ」……がん患者やそのご家族を支援し、地域全体でがんと向き合い、がん征圧を目指しながら、1年を通じて取り組むチャリティ活動。
https://relayforlife.jp/(2019年12月12日閲覧)
がんに罹患した方の経験を積極的に情報発信し、正しい理解を促す
がんに罹患した方の経験はどのように共有しているのでしょうか。
齋藤さん:従業員やビジネスパートナーでがんに罹患した方の経験は、「がん共生プログラムブック」や社内イントラネット「がん共生プログラムサイト」で発信しています。みなさん実名で登場していただき、ご自身の貴重な経験を語っていただいています。冊子や社内イントラネットを見た方からは、「そんなふうに働いているとは思っていなかった」、「そこまで話してくれるとは思わなかった」といった声が寄せられています。
冊子「がん検診を受けましょう」を拝見すると、がん検診を受けるメリットだけでなく、デメリットについても記載がありますね。そこまで情報発信するのかと驚きました。
齋藤さん:がん検診は受けるメリットがある一方、少ないとはいえ過剰検診などのデメリットもあります。がんに対する理解を深めながら、真摯に情報を発信できるよう努めています。当冊子には情報以外にも検診結果をメモできるページなどがあり、過去から未来まで一貫して自分の体を見つめていただきたい、という思いを込めて作りました。
冊子や社内イントラネット以外に、がんに対する情報を浸透させる取り組みはありますか。
齋藤さん:2019年3月には順天堂大学の先生を招いて、がんに関する勉強会を催し、100名ほど参加しました。
まだまだ数は少ないですが、ポーラ・オルビスグループ健康経営チームと協力して「ウェルネスカフェ」というミニセミナーを社内で開催しています。女性はがんだけでなく婦人科系の疾患のリスクもありますので、「ウェルネスカフェ」では女性の健康について理解を深められるような取り組みを行っています。全社員向けには、血管や肺の年齢を調べたり、体力測定を行ったりとイベントのような企画も行っています。
古越さん:社員食堂の担当者と人事戦略部が相談しながら、健康をテーマにした限定メニューを社員食堂で出す試みも行っています。最近では野菜を多く使用したメニューを増やしていますね。
齋藤さん:つい最近、久々に会った同僚がとてもスリムになっていたんです。理由を聞くと、「社員食堂で炭水化物を減らし、野菜を多めに食べていたら、10キロも痩せた」と話していました。これは凄いですよね。社員食堂のメニューを変えただけで、効果を上げている人がいるのですから。
今後、計画している支援制度はありますか。
齋藤さん:復職後の働き方に関しては、どのような制度があればポーラらしいサポートができるのかを検討しています。上司や仲間、健保組合を巻き込んだサポートができないかなど、議論を重ねている最中です。現在でも復職プログラムはあるのですが、さらにもう一段ステップアップしたものを目指しています。
「制度を作る」から、「制度を使う」へ
2019年10月に「がんアライアワード2019」でゴールドを受賞するなど、貴社の取り組みは社外からも高い評価を得ています。改めて、その理由やポイントを教えてください。
齋藤さん:高い評価をいただいているポイントは、支援制度をビジネスパートナーにまで拡充していることだと思います。また、「がん共生プログラム」の取り組みが情報発信だけにとどまらず、従業員やビジネスパートナーの積極的なボランティア活動にまで広がっていることも評価につながっているのではないでしょうか。
これらの賞を受賞することで、社内からの反響はありましたか。
佐藤さん:ハンドトリートメントなどのボランティア活動に取り組んでいるビジネスパートナーからは「受賞がとても励みになる」という声を頂いており、活動へのモチベーションにもつながっていますね。
今後、「がん共生プログラム」をどのように発展・進化させていくのか、将来的なビジョンとあわせてお聞かせください。
佐藤さん:これまでビジネスパートナー向けにさまざまな制度を整えてきましたが、これからは、どれだけ制度を使ってもらえるかが重要だと考えています。ですから、制度を使ってもらうための啓発活動を進めていきたいですね。ビジネスパートナーには「ポーラ福祉共済制度」という互助組織があり、加入するとさまざまなサポートが受けられますので、加入に向けたアプローチも行っていきます。
古越さん:がんなどの治療と就労の両立支援に積極的な会社であるという“風土づくり”が進むと、もっと働きやすくなると思います。制度を上手に使っている従業員や上手に使わせている上司がいる一方で、そうでない従業員や上司もいます。人事戦略部が情報発信をしつつ、支援制度を利用やすい企業文化を根付かせていきたいですね。
齋藤さん:「制度はできた、では次に何ができるか」を考えていかなくてはなりません。健康への意識やポーラならではのボランティア活動を通じて、がんと向き合っている方の支えになればと思っています。
また、企業ブランディングとしても、本プログラムは重要であると各方面から評価されています。その中で、さらにがん患者さんに寄り添っていくための次の一手を考えていきたいと思います。
(取材・執筆 眞田幸剛)