自由な働き方の浸透こそが、治療と仕事の両立を可能に ~カルビー株式会社・武田雅子さん~

カルビー株式会社 常務執行役員 CHRO 兼 人事総務本部 本部長 武田雅子さん

日本企業の中でもいち早くモバイルワーク制度などを導入し、従業員のライフワークバランスを推進してきたカルビー株式会社。同社は、2016年に【カルビーグループ健康宣言】を行い、従業員が心身ともに健康で活躍できるような取り組みを進めています。さらに、2019年春には、病気・健康問題で休職した際の復職支援制度を確立させ、がんに罹患した従業員でも安心して働くことができる環境を整備しました。
病を抱える従業員を後押しする制度作りを積極的に推進するカルビーで、がん支援を含めた各種制度の整備を牽引しているのが、常務執行役員である武田雅子さんです。自身も乳がんに罹患した経験を持ち、がんと就労問題に取り組む民間プロジェクト「がんアライ部」の立ち上げなど、社内外でがん患者さんを支援する様々な取り組みを行ってきました。そんな武田さんに、カルビーのがん支援制度の詳細や、がんになっても働き続けるために必要なことなど、ご自身の経験を交えてお話をお伺いしました。(2019年5月取材)

カルビー株式会社 常務執行役員 CHRO 兼 人事総務本部 本部長
武田 雅子さん

1989年、株式会社クレディセゾン入社。セゾンカウンターに配属後、全国5拠点にてショップマスターを経験。その後、営業推進部トレーニング課長、戦略人事部長などを経て2016年に取締役就任。全員が活躍する組織を目指し、全国の支社を牽引。自身の乳がんの経験を活かしてがんに罹患した従業員のケアや復職支援をサポートする。2018年3月に同社を退職し、同年5月よりカルビー株式会社 執行役員人事総務本部長に就任。2019年4月より現職。

長年にわたり支援に取り組んできたカルビー

がんになった従業員のために、どのような支援制度を用意していますか?

カルビー・武田さん:昨今、働き方改革が叫ばれるようになりましたが、カルビーではそれよりもずっと前から、さまざまな事情を抱える従業員の支援に力を入れていました。がんに罹患しても働きながら治療を行うためのサポートだけでなく、育児や介護なども含め、従業員が長く働ける環境づくりに、90年代から取り組んでいます。
特徴的な制度としては、「特別傷病休暇」があります。カルビーでは、病気を患ったことが判明すれば、通常の有給休暇とは別に最大2か月の有給休暇を取得することが可能です。その間に、病気を治していくうえで、仕事を続けるのか一旦休職するのかなどの方針をしっかり考えられます。さらに、勤務時間を最大2時間短縮できる「リハビリ勤務制度」(短時間勤務制度)や、時差出勤ができる「通勤緩和制度」、会社の事業所以外で働くことができる「モバイルワーク制度」などの支援制度も活用されています。
また、復職支援については制度が変わったばかりです。今まで地域担当人事が権限を持ってオペレーションしていましたが、今年の4月からは本社に統一し、従業員に対して、よりきめ細やかな対応ができる体制を整えました。

復職支援のオペレーションを統一したことで、今の段階で変わったことはありますか。

カルビー・武田さん:各地域の人事担当者から、問い合わせが多くなりました。今まで独自に対応してきたことがマニュアル化され、明確な判断基準ができたと思っています。今後はこの新制度でいかに実績を作っていくかが重要です。がんに罹患した従業員には、それぞれの事情があり、同じ事例は一つとしてありません。その中で公表できる事例があれば社内に共有し、従業員のためにどんなことができるのかを周知していきたいと考えています。

従業員が長く活躍できる環境を90年代から整え始めたのはなぜなのでしょうか?

カルビー・武田さん:ライフワークバランス、つまり、従業員が仕事だけでなく生活でも豊かになってほしいという企業文化が根付いているからと言えるでしょう。がんに罹患した従業員が復職するのも、当社では普通のことです。
私は2018年5月にカルビーに入社し、その際に社内イントラへ自己紹介を載せました。そのなかに、乳がんを経験したことも記載しました。その後、各事業所を回ってミーティングを行う機会があったのですが、ミーティングが終わった後に「私もがんだったんですよ」と、声をかけてくれる従業員がとても多く、そのとき、「この会社はがんになっても、本当に働き続けられる会社なのだ」と実感しました。

「がんに罹患しても働き続けられる」と思える理由はどこにあるのでしょうか。

カルビー・武田さん:働き方の自由度がとても高い点だと考えます。フレックスタイム制や、勤務場所や回数を制限しない在宅勤務も可能なモバイルワーク制度など、従業員自身が選んで自分の働き方を組み立てられます。オフィスもフリーアドレスですし、毎日決まった時間に会社に来て仕事をしなければならないという文化はありません。
がんに罹患した従業員から「制度をトータルで使うことで、治療と仕事を両立することができて助かった」という話も聞きました。従業員のための支援制度の整備が早かったため、多種多様な制度を活用しながら働くという文化も定着しています。

乳がんを経験後、様々な支援活動に参加

ご自身も36歳で乳がんを発症された、がんサバイバーでもあります。そのときのご経験をお聞かせください。

カルビー・武田さん:当時は金融業界の会社の課長として、営業部門の教育と人事部門の教育、2つの業務を担当し、忙しい毎日を送っていました。乳がんを告知されたときは正直「やっとこれで休める」と思いましたね(笑)。仕事は楽しかったのですが、ハードワークでした。ですので、これで一旦立ち止まっていいんだと感じました。

がんになったことを会社に言えない/言いづらいという方も多くいらっしゃいます。当時、武田さんは会社に対してどのようなコミュニケーションを取ったのでしょうか。

カルビー・武田さん:チームワークが非常に良かったので、スムーズにコミュニケーションができました。これからの仕事の段取りが心配だったので、最初に上司へ報告しました。朝、出勤途中に電話で告知を受けたので、そのまま出社して上司に「がんなんですけど、仕事どうしましょうか?」と。チームのメンバーにはあまり心配をかけたくなかったので、最低限の人にだけ共有しました。私が平気な顔をしていたので、周りも平静を装ってくれましたが、かなり心配していたようです。
当時、会社にはがんに関する支援制度はありませんでしたので、傷病休暇も取得せず、有給と公休だけを使いました。私の場合は、いわゆる細胞に働きかけるタイプの抗がん剤の治療はせずに、ホルモン治療と放射線治療、手術で治療をしたので、それだけの休みでなんとかなりました

治療期間や休暇が必要な期間は、人によって異なります。

その後、がん患者さんの支援活動に参加されていますが、どのような経緯で関わるようになったのでしょうか。

カルビー・武田さん:まず、がん患者の就労と家計に関する調査・研究を行う、キャンサー・サバイバーズ・リクルーティング・プロジェクト(CSRプロジェクト)に参加していました。このプロジェクトに参加したのは、ホルモン治療中に、ケアの一環として若年性乳がんの集まりに参加したのがきっかけです。参加者の多くが仕事で悩んでいて、人事の経験がある私に相談が集まるようになり、その流れでプロジェクトに関わるようになりました。
このプロジェクトは、がんを発症して困っている人を支援する取り組みでしたが、企業側に働きかける、がんと就労問題に取り組む民間プロジェクト(がんアライ部)に参加しないかと声をかけてもらいました。がんになった人だけが声を上げても、企業自体の体質を変えることはなかなか難しい。それを変えるために、このプロジェクトもお手伝いすることにしました。

がんになっても、できることはたくさんあるはず

制度や姿勢、考え方について、これから企業が変えていかなければならないのはどんな部分でしょうか。

カルビー・武田さん:がんと就労の問題は、事例がまだまだ少ないため組織のナレッジがたまらず、個別性が強いものになっています。しかし、人事の仕事としては注目される事案でもあるのです。過去の経験が参考にならないような事例が起こると、企業が従業員とどう向き合うかが注目されます。これに上手く対応できれば、企業アピールにも繋がります。
がんに罹患すると、「しょうがないよね、がんになってしまったし」と誰もが思考停止してしまいがちですが、本当は働くこともできますし、できることも多くあるはずです。だからこそ、企業の側も支援に取り組んで、実績を作っていくべきだと考えています。がんに罹患した従業員を支援してきたという事実は、制度を整えただけよりも、強い企業アピールとなります。がんは、手術後も治療が必要になることもあり、治療と仕事を両立するのが簡単ではない病気です。がんになった従業員を支援できるのであれば、他の病気になった従業員の支援へも可能性が拡がります。

がんだけでなく、健康経営としてのカルビーの取り組みをお聞かせください。

カルビー・武田さん:たくさんありますが、“予防”と“健康増進”、“治療と仕事の両立支援”の3つに分けることができます。“予防”は35歳を過ぎると人間ドックを受けられ、がん検診も行なっています。“健康増進”では、運動のイベント提供や睡眠のセミナーを開催したり、健康リテラシーの向上に努めています。“治療と仕事の両立支援”に関しては今までお話ししたような、復職支援制度の整備やがんへの対応が挙げられます。
とくに、“健康増進”に関する睡眠のトピックは、多くの従業員が興味を持っているようです。定期的に保健師の方に来ていただき、睡眠を含めた様々なセミナーを開催し、イントラでも情報を発信しています。

最後に、がんを告知された方に対してメッセージがあればお願いします。

カルビー株式会社 常務執行役員 CHRO 兼 人事総務本部 本部長 武田雅子さん

カルビー・武田さん:がんに関しては、昔よりもネットで情報収集ができたり、職場の理解が得られる環境になってきたと思います。私がいつも違和感を持つのは「治療に専念する」という言葉です。「治療に専念するために退職します」ではなく、がんになっても仕事もプライベートも、あきらめる必要はないことを知ってほしいです。治療の合間に、アクティブに動いている方もいます。やりたいことを諦めないで、大切な治療費も仕事を続けて稼いでいけばいいのです。
相談できる窓口もたくさんあります。仕事と治療の両立を叶えた、がんサバイバーの方もいます。がんのことは、罹患した人でないとわからない部分もありますし、心配をかけたくないという思いから、家族には話せないこともあるでしょう。そういったときは、がん患者のためのコミュニティに参加してみるとよいと思います。同じ経験をしているからこそ話せることもありますから。自分の状況に合った相談窓口を活用して、一人で悩みを抱え込まないようにしてください。

(取材・執筆 眞田幸剛)