職場にオープンにすることで“休みやすい働き方”を実現、治療と仕事の両立を可能に

ステージIV/胃がん
古澤創さん、紀子さん

がんと診断されながらも、治療と仕事を両立している方々は、「働くこと」とどのように向き合っているのでしょうか。“わたしの働き方”シリーズの第2回目に登場するのは、古澤創さんと妻の紀子さんです。創さんは2015年7月に胃がんが見つかり、ステージIIIであることが判明。その後、2017年5月に腹膜への転移がわかり、ステージIVと診断されました。古澤さんは現在、甲信越地方の市役所で働きながら、長期の休みには家族で海外旅行に出かけるなど、元気に生活を送っています。告知を受けたときのお気持ちは?そして、どのように仕事と向き合っているのか、ご夫妻にお話を伺いました。(2019年7月取材)

プロフィール

古澤 創(ふるさわ はじめ)さん/43歳
甲信越地方在住。市役所に勤務。2015年7月にステージIIIの胃がんが発覚。2017年5月に腹膜への転移がわかり、ステージIVと診断される。手術、抗がん剤治療を経て、現在も仕事を続けている。
古澤 紀子(ふるさわ のりこ)さん/42歳
創さんとは高校の同級生で、25歳のときに結婚。創さんをサポートする傍ら、幼稚園教諭として働いている。

ずっと健康だったのに、まさか自分が

創さんは2015年7月に胃がんと告知されたと伺いました。まずは、そのときの経緯についてお聞かせください。

創さん:最初に胃の違和感に気づいたのは、2015年1月頃でした。胃が痛いというわけではなく、文字通り“違和感がある”といった状態でした。当時は仕事が忙しくて、帰宅時間も夜遅くなることが多かったため、「不規則な生活のせいだろう」と思い込んで、病院には行きませんでした。
その後、4月には仕事も落ち着いてきましたが、それ以降も胃に違和感が残っていました。「さすがにこれはおかしい」と思い、近所の内科クリニックを受診したのは6月になってからです。実は前年(2014年)の秋に人間ドッグを受けていまして、異常を指摘されてはいなかったので、私も、受診したクリニックの医師も、重い病気の可能性は考えていませんでした。
そのクリニックで、念のためにと血液検査をしたところ、腫瘍マーカーが基準値を超えていまして。紹介状を書いてもらって近くの病院でCT検査をしたところ、胃に病変の疑いがあるとのことで、胃カメラで精密検査をし、がんが見つかったのです。それまでは、「胃潰瘍かな」という軽い気持ちでいましたが、胃カメラで見た映像は素人の私でも異常だと感じるほどでした。

医師から胃がんと告知された直後は、どのようなお気持ちでしたか?

創さん:よく、頭の中が真っ白になった、泣き崩れたと聞きますが、私の場合、告知された直後は現実感がなく、大きな動揺はなかったように思います。初期なのか進行しているのか、冷静に尋ねたことを覚えています。今でも鮮明に覚えているのは、告知の翌日に東京へ出張に行ったときのことです。東京に着いてから現場に向かう際に、道路の向こうを歩いていく高校生を見かけたのです。当時、うちの子どもたちはまだ小学生でしたが、不意に「子どもたちが高校生になるまで生きられないかもしれない…」という思いが頭を過ぎり、すると一気に現実感を伴ってきて、すごく切ない気持ちになりました。「がんなんだ」と強く感じたのはそのときです。

紀子さんは、創さんに胃がんが見つかったと知ったとき、どのようなお気持ちでしたか?

紀子さん:人間ドッグも受けていましたし、そこでは異常なしとの結果だったので、大丈夫だろうと思っていたのですが…。最初に夫からがんだと聞かされた時、「手術で切除すれば大丈夫だよ」と夫がきっぱり言ったので、その言葉を信じて頑張ろうと思いました。その後も手術をするまでは不安がありましたが、なるべく悪いことは考えないようにして過ごしていました。

お子さまには、がんについてどのように話したのでしょうか?

創さん:当時は、長男が小学校3年生で長女が小学校1年生。がんのことを具体的に話しても理解するのは難しいですし、中途半端に伝えると不安になるだろうと思いました。そこで、がんとは言わずに、「病気になってしまったけど、手術すれば大丈夫なんだよ」と伝えました。
いざ手術をしてみると、思ったよりも進行していて、リンパ節にも転移があることがわかり、抗がん剤による治療をすることになりました。2015年8月に手術をして、10月から抗がん剤での治療をおよそ10か月受けました。その間も子どもたちには、がんとは言いませんでした。子どもたちにがんだと伝えたのは、腹膜への転移が見つかって「ステージⅣ」と告げられてからです。死が現実的なものとなり、もう子どもたちに隠したままにしておくことはできないと感じ、そのとき初めて伝えました。2017年10月のことでした。

伝え方はどのように考えましたか?

創さん:子どもたちへどう伝えればいいのか、非常に悩みました。インターネットなどで調べていくなかで、子どもをもつがん患者コミュニティである「キャンサーペアレンツ」の存在を知りました。また、子どもたちへの具体的な伝え方に関しては、ほかにもウェブ上の情報を参考にしました。そのおかげで、上手く伝えることができたと思います。今ではインターネット上で子どもでもがんに関する様々な情報に触れることができますが、どれが正しい情報で、どれが正しくないのかまでは、子どもたちには判断ができません。余計な心配をかけたくなかったので、知りたいことがあったらネットで勝手に調べずに、私たちに聞くようにと話しました。

診断されたときから、上司や同僚にもオープンに

古澤創さん

仕事に関してもお聞きしたいと思います。創さんが胃がんに罹患していることを職場の方々にはどのように話されましたか?

創さん:職場には言わない方もいるようですが、私の場合は、2015年7月に医師から胃がんであると告知されたタイミングで、直属の上司にすぐに伝えました。手術する必要がありましたので、仕事に関わりがある方々にもきちんとお話ししました。2015年8月に手術をし、10月には職場復帰しましたが、その後も抗がん剤治療で休んだり早退したりが続くことになりましたので、職場には早いうちに伝えておいてよかったと思っています。

上司や同僚など、職場の方々の理解はいかがでしたか?

創さん:職場からは「まずは治療に専念してください」と言ってもらえて、休みも取りやすい環境にしてもらえました。手術後は休暇制度を利用して休みをとりました。職場復帰後に抗がん剤治療が始まりましたが、治療の数日後に倦怠感が出てしまって休むことが多くなってしまいました。そうすると、有給休暇だけでは足りなくなりましたので、人事と相談して病気休暇を部分取得できるようにしてもらいました。出勤して午後に体調が悪くなれば、午後だけ休暇扱いにしてもらうなど、休みが取りやすくなって非常に助かりました。

職場では、創さんと同じようにがんに罹患した方と情報交換できるような制度や仕組みなどはあるのでしょうか?

創さん:今のところはありません。ただ、私は日頃から「せっかくがんになったのだから」と考えるようにしていまして、職場でもがんになった人の助けになりたい、患者同士の横の繋がりを作りたいと思っています。今は、人事課の病気休暇を担当する職員に、私と同じようながん患者がいて「話を聞きたい」と言っていたら、いつでも声をかけてほしいと伝えています。

生(なま)の情報の大切さを知る

創さんをサポートする際に、奥さまが気を付けていることはありますか?

紀子さん:手術をした後は、胃のない人のためのレシピ本を参考に、食事の準備をしていました。今は本当に体調が良くて、私の場合は、主人ががんであることを忘れて生活しているといってもいいくらいです。最近では、好きなものや食べたいものは何でも食べているんですよ。でも、主人は胃を全摘しているため、食事を1回で済ませられません。少しずつ食べられるようにと、お弁当のほかに間食用におにぎりを2つ作って職場に持たせています。

創さん:そういえば、抗がん剤治療中は、ご飯を炊く匂いがダメで、気持ち悪くなってしまいました。味覚障害も出てきてしまって、食事が摂れず、私は身長が180センチありますが、体重が50キロまで減ってしまいました。これ以上痩せないように、カロリーを摂らないといけないと思い、妻にお願いして甘いケーキなどのデザートをよく作ってもらいました。

2017年GW明けに、がんの腹膜への転移が見つかり、ステージIVと診断されました。それからのことを教えてください。

創さん:腹膜播種が見つかって、また抗がん剤治療が始まりました。遺伝子変異も調べてもらいましたが、私の場合は治療につながる変異は見つかりませんでした。抗がん剤を使った治療は半年くらい順調だったのですが、腫瘍マーカーの数値が上がってしまい、2018年の1月からは別の抗がん剤を使うことになりました。
幸いこの治療法が私には効いたようで、腫瘍マーカーも基準値内になりましたし、体調もよい状態で過ごせていました。残念ながら、今年の春に副作用が出てしまい、今は休薬しています。特に異常もないので、定期的に検査して様子を見ている状態です。

がんに罹患してから、キャンサーペアレンツなどの存在を知ったと話していただきましたが、がんについての情報収集はどのようにされていますか?

創さん:今の時代は、インターネットでがんのことをいくらでも調べることができます。その反面、どの情報が本当かの判断がとても難しいですね。腹膜播種は、標準治療での完治は難しいですから、何か手段はないかといろいろ調べました。キャンサーペアレンツの会員の中にも同じ状況の方がいたので、お会いして、その後はメールをやり取りしながら情報交換をしていました。ネット上にある表面的な情報でなく、当事者からの生(なま)の情報の大切さを実感しましたね。特に、自分に近い境遇の人の話を聞くのは重要だと思います。

生(なま)の情報を得るためにはどうすればよいのでしょうか。

創さん:がんになってから4年が経ちますが、診断された当時よりも、手に入る情報が多くなってきたように感じています。ただし、情報が多くなったとはいえ質はいろいろですから、エビデンスのある正しい情報を得ることが大切です。医療機関が発行している患者向けパンフレットなど、出所が確かな基本情報から入るのが、正確な情報を集める第一歩だと考えています。
あとは、キャンサーペアレンツなど患者のコミュニティでは、実際に会って話せるオフ会などをやっているところが多いと思います。そういう場では、ほかの患者さんから治療法の話も聞けますし、患者同士でないと分かり合えない部分も共有できます。がんの友人を作るのであれば、地方でも患者会や病院などのコミュニティ、サロンがあるので、そういった場に参加してみるとよいと思います。治療法などの悩みを相談しつつ、よい方向へ考え方を変えるきっかけになるかもしれません。

がんになったのはアンラッキー、でも悪いことだけではない

治療と仕事の両立で悩まれる方も多くいます。アドバイスがあれば、ぜひお願いします。

創さん:個人的な考えですが、がんのことはオープンにした方がよいと思っています。病状が重くなればなるほど隠し通せなくなりますし、周囲のサポートが必要になってきます。私自身、オープンにすることで仕事を休みやすくなったり、早退しやすくなる環境をつくることができました。悪いことをしているわけではありませんから、隠す理由もないと思います。
周囲から「かわいそう」と思われたくないという方もいますが、私は気になりません。がんと告知されて間もない頃は、子どもたちにはそのことを隠していましたが、打ち明けたらとてもスッキリしました。人によるのかもしれませんが、私は「がんを隠す」ことが心理的にストレスになっていたみたいです。

奥さまとしては、職場復帰の不安はありませんでしたか。

紀子さん:休みが取りやすい職場なので、体調が悪ければ休みをとっていましたし、そこまで心配はありませんでした。自動車通勤なので満員電車に乗る必要もありませんし、体力的にもストレスがかからないので、その点もよかったですね。

今後、職場などでこんな制度があれば良いなと思うことはありますか?

創さん:第一に休みが取りやすくなる制度、次にお金のことを気にせず治療できるようになる仕組み、第三に同じ境遇の人と情報共有ができる場ができればよいと思います。休みに関しては、休みを分割して取ることができる制度があればいいですね。治療内容にもよりますが、例えば1時間単位で休みを取得できると便利だと思います。

がんになる前と後で、働くことについての考えに変化はありましたか?

創さん:がんになる前は、仕事は大変でしたがやりがいもあり充実していて、こうやってやりたい仕事をしながらずっと生活していくのだと思っていました。39歳でがんになって、まさか自分が…と思ったのが正直な気持ちです。がんになって改めて、自分のキャリアや仕事、働き甲斐について考えるようになりました。

紀子さん:夫はとても前向きな人なので、周りにいる私たちは、夫の落ち込んだ姿を見たことがありません。がんと分かったときも、悲しむのは周りだけで。私が泣いていても、「大丈夫だよ」と励ましてくれましたし、働く姿からは大きな変化は感じませんね。ただ、がんになってからは、家族や夫婦の時間をより大切にしてくれるようになりました。その点は大きく変わった部分かもしれません。

創さん:腹膜播種もあるのですが、私の場合はこれといった自覚症状がありません。ステージIVだと、この後もずっとよい状態を維持できるかわかならいので、悔いのないように過ごしたいと思っています。昔から海外旅行が好きなので、去年と一昨年の夏休みには、2年連続で家族でタイに行ってきました。
ステージIVの患者の中では、私は恵まれている方だと思っています。自分に合った治療を受けられましたし、仕事との両立もできています。がんになったこと自体はアンラッキーでしたが、悪いことだけではないと私自身は感じています。

治療と仕事の両立を目指している読者の方々に、メッセージをお願いします。

創さん:治療に専念するために、仕事を続けるべきか悩む方もいると思います。しかし、家で休んでいるだけだと、ゆっくりはできますが、時間があるのでいろいろなことを悩んでしまいます。その点、仕事をしていると、一時的にでもがんであることを忘れられるので、私の場合は仕事があることで精神的にも助かっています。職場復帰できるのであれば、ぜひ仕事も頑張ってみてほしいと思います。

(取材・執筆 眞田幸剛)