自分らしい生活のために、大切なのはライフ・ワーク・治療のバランス

ステージIV/肺がん

がんと告知されながらも、治療と仕事を両立している方々は、「働くこと」にどのように向き合っているのでしょうか。第1回目に登場するのは、小倉正一さんと妻の越子さんです。正一さんは2015年にステージⅣの肺腺がんと告知されました。現在は越子さんの支えもあり、通院しながら仕事を続けています。告知を受けたときのお気持ちや、仕事への向き合い方、がんに関する情報収集方法について、お話を伺いました。

本記事の情報は、取材時(2019年1月)のものです。

プロフィール
小倉 正一(おぐら まさかず)さん/55歳
大手流通会社に勤務。2015年6月にステージIVの肺腺がんとの告知を受ける。2017年6月には脳転移が発覚し、がん性髄膜炎の併発も経験。現在も通院しながら仕事を続けている。
小倉 越子(おぐら えつこ)さん/54歳
かつては正一さんと同じ大手流通会社に勤務し、従業員教育などを担当。現在は退職し、社会保険労務士として独立している。

急激な体力低下。なぜ私が、がんに?

正一さんは2015年6月に医師から肺腺がんと告知をされたと伺いました。まずは告知までの経緯についてお伺いしたいと思います。

正一さん:子どもの頃から大病を患ったこともありませんでした。人間ドックも定期的に受診していたのですが、白血球の減少が引っかかった程度で大きな問題はありませんでした。2014年12月に人間ドックを受けたときも、大きな異常はなかったのですが、その後、徐々に体力の低下を感じるようになりました。

どのようなときに体力の低下を感じたのでしょうか?

正一さん:健康維持のためにスポーツクラブでいつも1.0~1.5kmほど泳いでいたのですが、25メートルも泳ぐと息切れするようになってきたのです。

越子さん:体力低下に加えて、次第に顔色も悪くなってきたのが気がかりでした。

正一さん:そこで、2015年6月に人間ドックを受けている病院で、肺のレントゲン検査をしてもらいました。すると、左肺に胸水が溜まっていて、真っ白になっていました。それから胸水を抜くために1か月ほど市内の総合病院に入院し、検査の結果、担当医師から「ステージIVの肺腺がん」だと告知を受けました。
検査中は重い病気でないことを祈っていましたので、医師から告知を受けたときには大きなショックを受けました。もちろん、がんに対する知識もなく、「なぜ私ががんに…?」という気持ちで頭がいっぱいになったのを覚えています。私同様に、妻もショックを受けていました。

肺腺がんの告知を受けた2015年6月当時、正一さんはどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

正一さん:私は約30年、業界大手の流通会社に勤めています。当時は、管理部門の仕事をしていました。

会社へは、病気についてどのように伝えましたか。

正一さん:会社にはいずれ言わないといけないと思いながら、どのように言えばよいかわからずに悩んでいました。そんなときにサポートしてくれたのが妻です。

越子さん:私は現在、独立して社会保険労務士の仕事をしていますが、7年前まで私も主人と同じ流通会社に勤めていて、人事教育関係の仕事をしていました。その時に、がんになった従業員の対応もした経験があります。会社としては、まずは治療に専念できるようサポートするというスタンスが当時からありました。しかし、「高額療養費制度」「休職制度」「傷病手当金」など、病気と治療費に関わる制度はとても難解で、それらの制度をうまく利用できない人もいました。傷病手当金は、仕事に復帰しても1年半で期限が切れてしまいます。ですから主人には、先ずは、有給休暇を利用し、職場復帰が見込めるのであれば、すぐに休職はしないように助言しました※1。また、本人は治療と仕事で精一杯ですから、高額療養費の申請や確定申告の医療費控除などは、全て私がやりました。

1:お勤め先によって制度が異なることがございます。

正一さん:妻のアドバイスも受け、会社へは働きながら通院して治療すると上司に伝えました。上司はステージIVと聞いて驚いた様子で、どんなサポートができるのか、私がどれだけ働けるのか、一緒に考えてくれました。また、私はフレックス勤務なので、上司と相談して1日の勤務時間を少し短くしてもらいました。当時の仕事、そしていま手がけている仕事も、忙しい時期が決まっていて、スケジュールも割と読みやすい。治療スケジュールや体調も考え、自分で状況を見ながら仕事を続けることができています。

ご家族へは、病気についてどのように伝えましたか?

正一さん:我が家は子どもがいないため、私の姉に全ての経緯を説明しています。また、両親が地元の大分で健在なのですが、父も母も80歳を超えていることもあり、がんだとは伝えていますが、詳細については話していません。

越子さん:高齢の両親に伝えるかどうかは迷いましたが、身内の誰かにはきちんと伝えておいてほしいので、私からも頼みました。

患者会に参加して、自分の治療に関する知識を得る

治療に関しては、どのように続けていますか?

正一さん:肺腺がんと診断されたのは市内の総合病院だったのですが、検査結果が出たすぐ後にセカンドオピニオンとしてがん専門の病院を受診し、そこで治療を続けていくことを決めました。先ほどもお話ししたように、診断されたばかりの頃はがんに関する知識がなく、わからないことだらけで不安が大きかったのですが、がん専門病院の医師から「通院しながらもう5年くらい仕事を続けている方もいますよ」という話を聞いて、自分も…と希望の光が見えた気がしました。

越子さん:がん専門の病院ということで、ピアサポートの方がフォローしてくれたことも心強かったです。特にピアサポートの方から、肺がん患者会の「ワンステップ」をご紹介いただいたことは本当によかったと思います。

正一さん:ワンステップの会員の90%以上が私と同じステージIVなのです。そして、会員のみなさんはとても勉強熱心。専門家の先生を呼んで勉強会を開いたりしながら情報を集めていくことができました。ワンステップとの出会いによって、ようやく自分の治療の全体像を見渡せるだけの知識を得ることができました。

ワンステップで得た知識は貴重でしたね。

正一さん:そうですね。その後は、仕事をしながら通院する日々が続きました。2017年春頃に罹患した時の部署から新しい部署へと異動になりまして、異動前後の慌ただしさが一段落した頃に、1か月ほど頭痛やめまいが続きました。「おかしい」と感じて、すぐに先生に相談してMRI検査したところ、がんが脳に転移して、がん性髄膜炎を併発していたことがわかりました。2017年6月、肺腺がんを告知されてちょうど2年後のことでした。

脳に転移ということで、ショックも大きかったと思います。

正一さん:はい。ワンステップで知り合った患者さんが同じ病状だったこともあり、脳への転移はある程度予測していましたが、がん性髄膜炎までは考えていませんでした。主治医から今後の治療方針を伝えられましたが、脳についてはセカンドオピニオンを実施し、納得した上で放射線治療を行いました。

越子さん:放射線治療をして約1年半経ちますが、おかげさまで現在は特に問題なく推移しています。

仕事・家族・治療のバランスを考えた生活を

2015年6月に肺腺がんの告知を受けてから現在に至るまで、改めて仕事と治療の両立についてお聞かせください。

正一さん:告知を受けてから3年半を超える期間のうち、入院と自宅療養をしたのはトータルで約4か月間。それ以外は、先ほどお話ししたようにフレックス勤務で1日の勤務時間を少し短くして働いています。2017年春に異動したのですが、異動先の部署の上司にも病状は全て伝えています。体調が悪くなって迷惑をかけてしまうといけませんから。また、3か月に1回のサイクルで会社の産業医に面談してもらっています。検査結果も全て報告しています。仕事の様子についても聞いてくれますので、悩みや課題などはなるべく率直に産業医に伝えています。産業医からは、最初の面談のときに「とにかく小倉さんに、できるだけ長く仕事を続けてほしい」と声をかけてもらい、それ以来、この言葉に応えたいとの思いで働いています。

上司や産業医といった会社からの支援の声も心強いですね。

正一さん:そうですね。実は、2019年の年が明けて、仕事はじめからの2週間は、想定していたシナリオ通りに業務が進まず、かなり根を詰めて、仕事に集中しました。自分が病人であることをすっかり忘れて、無理をしてしまったと感じています。今後はこの経験を糧にしながら、さらに効率的に仕事していくことを考えたいと思っているところです。
私には、無駄な時間はありません。一つひとつの仕事を、これが最後の仕事になるかもしれないとの思いで緊張感を持ちながら、集中して与えられた勤務時間内に業務を終わらせるようにしています。

オンオフの切り替えはどのようにしていますか?

正一さん:柔軟体操をして背中をさすったり、お風呂に入ったりと、自分の体を見直す時間を持つようにして、オンオフを切り替えています。

越子さん:休日に温泉に行くこともよい気分転換になっています。山梨県にあるラジウム温泉に夫婦で足を運ぶこともあります。それに加えて、最近では神社の御朱印集めが趣味になっています。主人の地元が大分県の国東半島で、神社仏閣が多い地域なのです。御朱印帳を買ってなんとなく神社仏閣を回っていたら、いつの間にかすっかり趣味になりました。

正一さん:御朱印集めは、外出するきっかけにもなりますし、癒しにもなっています。

食事など、越子さんがされているサポートについてもお聞かせください。

越子さん:食事に関してもワンステップの活動を通じて勉強しました。がんと栄養について、豊富な知識と経験をお持ちの大学の先生をお招きした勉強会にも参加したのですが、先生は「大事なのは、栄養バランスのよい食事」と仰っていました。それを聞いて以来、食べものを制限するのではなく、バランスを考えて好きなものを美味しく食べてもらうことを心がけています。
また、「食」だけではなく、「住」にも目を向けて、浴室やトイレをリフォームしたり、カーテンを取り替えたりしました。住環境が変わると、気分転換になりますからね。

正一さん:妻は、食事や生活のことついて柔軟に対応してくれて、とても助かっています。食欲がないときにも、食べやすいように工夫してくれたり、ありがたいものです。

越子さん、そして会社からの支援も受けながら、今後、正一さんはどのように仕事に向き合っていきたいとお考えですか?

正一さん:がんを告知される以前の私は、仕事中心の生活を送っていました。しかし今はその生活を意識的に見直し、仕事・家族・治療という3つのバランスを考え、生活を送っています。その中で、気分転換をしながら自分が担える仕事を、できるかぎり続けていきたいです。

治療と仕事の両立を目指している読者の方々に、先輩患者としてメッセージをお願いします。

正一さん:自分自身の経験から、治療の全体像や根拠が見えないことが、不安につながると思います。患者側も、積極的に、そして真剣に自分の病気について学ぶ必要があります。私自身、患者会との出会いが、病気について知るキッカケになりました。ただ漠然と不安を感じるのではなく、まずは患者会などに参加して、正しい知識を身につけることから一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。同じ病気の方々の話を聞くことも、今後自分の身にどんなことが起こるのかを知る材料にもなりますよ。

(取材・執筆 眞田幸剛)