緩和ケア、がんとわかったときから利用できます!
~苦痛があったりつらかったりしたら、一度相談を~
聖マリアンナ医科大学緩和医療学 主任教授
橋口さおり先生
「緩和ケア」と聞いて、どんなイメージがわきますか?
「がんがかなり進んだ後のケア」「紹介がないと相談には行けない」と思っている方も少なくないでしょう。しかし、緩和ケアはここ20年ほどで考え方が変わって格段の進歩を遂げており、がんとわかった直後から相談できるのです。
今回は、長年緩和ケアに携わっている聖マリアンナ医科大学の橋口さおり先生に、「緩和ケア」の“本当のところ”を教えていただきました。
緩和ケアはがんの診断を受けた直後からでも受けられる
そもそも、緩和ケアとはどのようなものですか。
がんに限らず、人は病気になるとさまざまな苦痛、つらさを経験します。一昔前の医療は、その病気を治すことだけで苦痛やつらさを和らげようとしていました。しかし、慢性疾患やがんといった病気は、長く付き合っていくことが多いものです。また、治療自体が苦痛に感じることもあります。
緩和ケアの目的は、病気を治すこと以外の方法や対策を用いて、苦痛やつらさを和らげることです。
緩和ケアには、「がんが進行してから受ける」イメージがありますね。
もともと、緩和ケアはがんが進行してから行われていました1)。医療者の中にもまだ「緩和ケアはがんが進行してから」と考える人がいますので、一般にそのようなイメージが残っていても不思議ではありません。
しかし、世界的な流れや日本での法整備もあり、現在ではがんと診断されたときから緩和ケアを受けられるように変わってきています(図1)2)。
出典:https://www.kanwacare.net/.assets/kanwa_leaflet2107.pdf(2023年9月21日閲覧)
苦痛にはさまざまな種類がある
がん患者さんが抱えやすい苦痛について、教えていただけますか。
病気に伴う苦痛は、痛みなどの身体的苦痛、漠然とした不安などの精神心理的苦痛、仕事や家庭の心配といった社会的苦痛、生きる意味を見失ってしまうようなスピリチュアルペイン、の4つに分けて考えられています(表1)3)。患者さんがご自身の苦痛をこれらに沿って区別しないといけない、というものではありません。苦痛があったり、つらいなと感じていたりしたら、そのことを医療者に伝えましょう。分析をするのは医療者の仕事です。
苦痛の種類 | 代表的な症状、状態など | こんなときに苦痛を感じやすい |
---|---|---|
身体的苦痛 |
|
【痛み】
|
精神心理的苦痛 |
|
【不安】
|
社会的苦痛: 主に社会的な役割が果たせないことに伴う苦痛・つらさ |
|
学校に通えない、仕事や家事ができない(周囲の人とコミュニケーションがとりにくくなることも苦痛のひとつ) |
スピリチュアルペイン: 今まで生きてきた自分/これから想定していた自身の生き方を否定されるような苦痛 |
|
ふと、自分自身が存在している意義が感じられないなど |
淀川キリスト教病院 ホスピス編:緩和ケアマニュアル 第5版, 最新医学社, p36-41, 2007を参考に作成。監修:橋口さおり先生
患者さんと医療者が話し合って、苦痛に対応していくのですね。
はい。苦痛は、時々によって重要度が変わってきます。例えば、診断時には精神的につらく感じていた方が、時間が経つとともに治療に伴う痛みや、仕事ができないつらさをより重要に感じる、といったことがよくあります(図2)。緩和ケアでは、患者さんの苦痛の軽重を推し量り、その時々で特に問題になっている、生活に悪影響を及ぼす苦痛を和らげていきます。
苦痛を感じたときに検討してほしい、2つの対応
何らかの苦痛を感じたときは、何をどうするのがよいとお考えですか。
患者さんが苦痛やつらさを感じている場合の多くは、さまざまな要素が複雑に絡み合っています。私が対応策としておすすめしているのは、以下の2点です。
- 今の「状況」「病気の状態」や「苦痛」を書き出してみましょう!
- 遠慮せず、医療者やがん相談支援センターに相談を!
1は、今の状況、病気の状態、苦痛をただ書き出すだけなのですが、現状の整理につながります。たとえば「状況」は、身体の痛みや精神的苦痛だけでなく、学業・仕事・家事ができているか、家族や周囲の人に相談できているかといった生活での困りごとに加え、子どもが欲しい、旅行に行きたい、といった希望も含まれます。「病気の状態」は、今のがんの進み具合や治療などです。「苦痛」は、表1のようなことです。
複雑に絡み合っている状態をそのままにしておくと、不安が強くなってしまい、別の症状を引き起こすことにつながりかねません。まずは書き出すだけで、落ち着くことがあります。書いたものは医療者に見せましょう。これが緩和ケアの第一歩です。
苦痛を感じたときには、遠慮なく言って!
2は、先に申し上げた「医療者に伝える」ことと同じです。本当は主治医に相談するとよいのでしょうが、医師が忙しそうで声をかけにくいことも多々あります。そのようなときは、周りでサポートしているがん専門の看護師に相談してみるとよいでしょう。また、がん相談支援センターや緩和ケア外来もよい相談先になります。相談にあたり、主治医の許可が必ず要るわけではありません。
私は緩和ケア外来で診療していますが、定期的に受診されたり、いったん治療が終わったけれど不安を感じたからと訪れる患者さんもいらっしゃいます。「医療者に迷惑をかけるかも…」と思わずに、遠慮せず利用していただければと思います。
また、こういう治療を受けたい、こういうことをかなえたい、という希望や要望があるときも、遠慮せず伝えてみてください。医療者側が患者さんのお気持ちや意向をすべて察するのはとても難しいので、患者さんから医療者へ働きかけることも大切です。
緩和ケアは以前に比べて進歩しており、がん治療の成績にもよい影響を与える
がんに伴う苦痛に対する治療や対応はどのような状況ですか。
今ではがん診療に携わる10万人以上の医師が、緩和ケアの研修を受けています1)。そのため、医師や看護師が緩和ケアを提供する機会が増えました。加えて、症状緩和のための治療薬も進歩しています。たとえば痛みに関しては、すべての痛みを消そうと強い鎮痛薬を大量に投与していた時代がありましたが、現在では患者さんの状態を考え、生活に支障がないレベルを目標にして副作用とのバランスをとりながら痛みをコントロールする治療が主流です。
このように、緩和ケアに対する医療者側の意識も、治療選択肢も、昔と比べてずっと進歩しているのです。
緩和ケアは、苦痛を取るだけなのでしょうか。
いいえ。2010年、有名な医学雑誌の論文で、緩和ケアによって生活の質(QOL)だけではなく、がんの治療成績(生存期間など)にもよい影響を与えることが示されました4)。今では、医療者は治療方針を決める際、患者さんのQOLを必ず検討しますので、患者さんにも、ご自身のQOLを損なわない治療を一緒に考えていただきたいと思います。
ご家族・周囲の人は、患者さんに声をかけてみると効果的
がん患者さんをサポートするご家族に向けて、アドバイスをお願いします。
患者さんによっては、ご家族や周囲の人に気を遣って相談できないことがあります。ご家族の中には「(患者さんが)つらい状況になっていることを知らなかった」とおっしゃる方もいます。
患者さんにどう手を差し伸べたらいいのかわからない、という場合は、まずは私たち医療者に声掛けをしてください。ご家族もサポートや日常生活で大変なこともあると思います。患者さんに気を配っていただくだけでも、患者さんのつらさを和らげることにつながります。
ご家族や周囲の方であっても、患者さんと同じくがん専門の看護師やがん相談支援センターなどに気軽に相談していただけますので、遠慮なく利用してください。
最後に患者さん、ご家族・周囲の人にメッセージをお願いします。
私も自身が病気になったときに気付きましたが、病気の苦痛は想像以上につらいことが多いものです5)。でもそのつらさを一人で抱え込まず、周りに相談する一歩を踏み出してください。医療や福祉など、患者さんやご家族が利用できる支援やサポートはいろいろあります。声を上げていただければ、専門家や行政など、多方面からの支援を得られます。
よりよい治療につなげるためにも、つらいときは遠慮せず、私たち医療者に相談してください。
【引用文献】
1) 橋口さおり:臨床麻酔 46(増), 361-370, 2022
2) 日本緩和医療学会:これからがん治療を受ける方へ がんとわかったときからはじまる緩和ケア.(2023年9月21日閲覧)
3) 淀川キリスト教病院 ホスピス編:緩和ケアマニュアル 第5版, 最新医学社, p36-41, 2007
4) Temel JS, et al.: N Engl J Med 363(8), 733-742, 2010
5) 橋口さおりほか:LiSA 5(5), 450-455,1998
2022年7月取材