がんかもしれない、と言われたあなたへ ― 治療が始まる前の時間は、未来の自分への大切な準備期間です ―

「まさか、自分が…」その衝撃のただ中で

二人に一人が、がんにかかる時代と言われても、多くの人は「自分は大丈夫」と思いがちです。だからこそ、健康診断で思いがけない影を指摘されたり、何気なく訪れたクリニックで大きな病院を紹介されたりしたときの衝撃は、計り知れないものがあるでしょう。「がんかもしれない」という言葉は、まさに青天の霹靂のように、あなたの日常を揺さぶり、先の見えない不安へと引き込みます。このコラムでは治療開始までの大切な準備期間に何ができるのか、私たちの研究結果を交えながらお伝えします。

執筆:関西医科大学附属病院 呼吸器腫瘍内科 勝島 詩恵 先生

治療開始までの『空白の期間』の過ごし方

がんを正確に診断し、あなたにとって最善の治療法を見つけ出すためには、がんの広がりや細胞の性質を詳しく調べる必要があります。特に近年の肺がん治療などでは、遺伝子変異の有無や特定のタンパク質の発現率(PD-L1)を確認する専門的な検査が不可欠になっており、最適な治療薬を選択するため一定の時間が必要です。

精密検査が始まり、がんであるかどうかが確定し、もしそうであればどのような治療になるのかが決まるまでに、数週間から1か月ほどかかることがあります。この時間は、ただ不安に耐えながら待つだけの「空白の期間」ではありません。むしろ、これから始まる治療の効果を最大限に引き出し、力強く乗り越えていくための、かけがえのない「準備期間」にすることができるのです。

がんと共に忍び寄る「痩せ」の正体

「がんになると痩せる」とよく言われますが、これは単に食欲がなくなるから、というだけではありません。がん細胞は、体の中で微小な炎症を起こす「炎症性サイトカイン」という物質をたくさん放出します。この物質のせいで、体は常にエネルギーを無駄遣いしているような状態になり、じっとしていてもカロリーが消費されてしまいます。さらに、筋肉が分解されやすくなったり、食欲そのものが落ちたりもします。

体重、特に筋肉が意図せず減ってしまう状態を「がん悪液質(あくえきしつ)」と呼びます。悪液質は、がん治療において非常に大きな問題となります。なぜなら、体力や筋力が落ちた状態で治療を始めると、手術後の回復が遅れたり、抗がん剤などの薬物治療の効果が下がったり、あるいは副作用が強く出すぎて治療を続けられなくなったりすることが、科学的にわかっているからです。

問題は、この悪液質が、治療が始まる前の「診断を待つ期間」にすでに始まっている、あるいは進行してしまう可能性があることです。

私たちが行った肺がん患者さんを対象とした研究*1では、驚くべきことがわかりました。初診の時点で、すでに34.4%の患者さんが悪液質と診断される状態にありました。そして、診断が確定し治療が始まるまでの平均約42.5日間の間に、その割合は50.8%にまで増加していたのです。特に進行した肺がんの患者さんでは、初診時には元気に見えても、精密検査を進めている間に体力を落とし、悪液質が進行してしまうケースが少なくありませんでした。

研究では、この期間に新たに悪液質を発症してしまった患者さん(OC群)は、体力が低下したことなどが原因で、半数の方が化学療法(抗がん剤治療)の導入機会を失ってしまいました。また、初診時から悪液質があった患者さん(C群)では、治療を開始できたとしても、病状のコントロール率が著しく低いという結果でした。

【出典】*1:Katsushima U, et al. "Impact of time to treatment initiation on the development of cachexia and clinical outcomes in lung cancer." Japanese Journal of Clinical Oncology. 2025; 55(5): 505-513.

つまり、あなたが不安な気持ちで検査の結果を待っている間に、体の中では静かな消耗戦が始まっているかもしれないのです。だからこそ、「がんかもしれない」と言われたそのときから、できるだけ痩せずに、筋力を保った状態で治療のスタートラインに立つことが、何よりも大切なのです。

「治療前の運動」がもたらす、体と心の力

「がんかもしれないのに、運動なんてしていいの?」「安静にしていた方がいいのでは?」そう心配されるのは当然です。しかし、過度な安静は、かえって筋力や体力の低下を招き、悪液質を助長しかねません。

そこで私たちは、肺がんの診断を待つ患者さんにご協力いただき、ご自宅でできる簡単な運動を治療が始まるまでの数週間続けてもらう、という世界でも初めての研究*2を行いました。

内容は、体に大きな負担をかけずに筋力を維持・向上させることを目的とした、「スロートスクワット」というゆっくりとした動きの筋力トレーニングと、軽いウォーキングなどの有酸素運動です。具体的には、4秒かけてゆっくり腰を下ろし、4秒かけて立ち上がるスクワットを1日10~15回、そして週に3回、30分程度のウォーキングをお願いしました。

この研究で、私たちは非常に勇気づけられる結果を得ることができました。 まず、この運動プログラムは極めて安全に取り組めることが確認されました(有害事象ゼロ)。そして、参加された方々の下肢筋力を示す客観的な指標(30秒椅子立ち上がりテスト、5回椅子立ち座りテスト)が、数週間で有意に改善したのです。これは、足腰の力が維持されるだけでなく、むしろ回復したことを示しています。

【出典】*2:Katsushima U, et al. "Combined effects of slow movement training with tonic force generation and aerobic exercise prior to cancer therapy in patients with lung cancer (START-lung): a pilot feasibility trial." BMC Cancer. 2025; 25: 1438.

さらに、多くの患者さんから「検査結果やこれからの治療を考えると不安だったが、運動することでネガティブな感情を乗り越えられた」「自分のために何かできることがある、と前向きになれた」という声が寄せられ、運動が心の安定にも繋がる可能性が示されました。

長期的な観察からは、足の筋肉がしっかりしている人ほど、治療の効果が出やすく、その後の経過も良い傾向があることもわかってきています。体重という数字だけでなく、「筋肉の力」、特に体を支える「足の筋力」をいかに保てるかが、治療という長い道のりを支える大切な土台になるのです。

最高の治療という「剣」を、しっかりと振るうために

左:体が弱った状態 右:専門家のチームや家族に支えられ、体力をつけた状態
【提供】勝島詩恵

がん治療は、抗がん剤や免疫療法など、目覚ましい進歩を遂げています。それはまるで、最高の技術で鍛え上げられた、強力で頼もしい「立派な剣」のようです。

しかし、どれほど素晴らしい剣も、それを振るう使い手自身の体が弱っていては、その力を十分に発揮することはできません。がん治療において、その剣を振るうのは、他の誰でもない、患者さん自身の体です。だからこそ、運動や食事で体力をつけ、治療という重い剣をしっかりと振りかざせる体をつくることが大切なのです。この体づくりは、医師任せにはできない、患者さん自身にしかできない、治療のとても大切な一部なのです。

もちろん、私たち医師や看護師、理学療法士、栄養士など、多くの専門家がチームとなってあなたとご家族を支えます。私たちと一緒に、がんに立ち向かう力を育てていきましょう 。

今日からできる、未来のための小さな一歩

「まずは休みたい」と思うかもしれません。しかし、休みすぎて動かないでいると、筋肉は驚くほどのスピードで落ちていきます。がんがある体は、何もしなくても筋肉が減りやすい状態にあるため、なおさらです。

無理は禁物ですが、「できる範囲で少しずつ動くこと」を意識してみてください。国際的なガイドラインでは「週に150分以上、少し息が弾む程度の運動」が推奨されていますが、これに縛られる必要はありません。少しの運動でも意味があることがわかっています。

  • ウォーキング
    暑い日や寒い日など、外を歩くのが難しいときもあります。そんなときは無理をせず、お買い物のついでに店内を少し長めに歩いてみるのも良いでしょう。
    天気が良ければ、帰り道に一駅だけ手前で降りてみたりするのはいかがでしょうか。いつもの道から少し遠回りするだけでも、立派な運動になります。
  • 家事
    掃除や料理なども、十分な運動の代わりになります。
  • 「ながら運動」
    座ってテレビを見ている時間が長いなら、CMの間に足踏みをしたり、膝を伸ばして足に力を入れたりする。トイレに立ったついでに1回だけスクワットをする。

「できるだけ動く」ことは、「座りっぱなしの時間を減らす」ことです。ほんの小さな心がけから、始めてみませんか。

また、「食べるとがんが育ってしまうのでは?」と心配される方もいますが、それは誤解です。しっかり食べることは、がんを増やすのではなく、がんと闘うあなた自身の体を守り、治療を受ける力を与えることなのです。

この一つひとつの積み重ねが、あなたの「治療に向かう力=患者力」になります。

不安で足がすくむようなときこそ、少し体を動かしてみることが、心を前に向けるきっかけになるはずです。「動くこと」「食べること」を前向きにとらえ、がんとともに生きる毎日を、少しでも健やかに過ごしていただければと心から願っています。

(2025年11月公開)

<執筆者>
勝島 詩恵(かつしま うたえ)先生

執筆者プロフィール
関西医科大学 呼吸器腫瘍内科学講座 助教

資格・所属学会

医学博士、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本呼吸器学会呼吸器専門医
日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医、日本緩和医療学会緩和医療認定医

ご略歴

平成17年4月 国家公務員共済組合連合会呉共済病院 総合診療部 初期研修医
平成19年4月 岸和田市民病院 呼吸器内科 後期研修医
平成21年4月 市立堺病院 呼吸器内科 レジデント
平成22年4月 関西電力病院 呼吸器内科 医長
平成24年4月 大阪市立総合医療センター 腫瘍内科 医長
平成28年4月 関西電力病院 腫瘍内科 医長
令和2年1月 きむ医療連携クリニック 訪問診療医
令和2年11月 関西医科大学附属病院 リハビリテーション科 研究医員
令和4年7月 関西医科大学附属病院 呼吸器腫瘍内科 助教

関連論文

*1: Katsushima U, et al. "Impact of time to treatment initiation on the development of cachexia and clinical outcomes in lung cancer." Japanese Journal of Clinical Oncology. 2025; 55(5): 505-513.
*2: Katsushima U, et al. "Combined effects of slow movement training with tonic force generation and aerobic exercise prior to cancer therapy in patients with lung cancer (START-lung): a pilot feasibility trial." BMC Cancer. 2025; 25: 1438.
・ Katsushima U, et al. "Investigation of a practical assessment index to capture the clinical presentation of cachexia in patients with lung cancer." Japanese Journal of Clinical Oncology. 2024; 55(1): 1-8.
・ 勝島詩恵 他. "外来でがんリハビリテーションを受ける再発・進行がん患者の経験." 緩和医療学会誌. 2022; 17(4): 127-134.